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東の空に映る色番外余話  作者: 琳谷 陸
三日夜の餅(ついな×東雲)
13/18

三日夜の餅・其の十三

十三


 日が暮れる前についなは帰宅した。

 しかしその心中は複雑だ。

(昨夜でも限界だったのに耐えられるのか……)

 手を握ったは良いが、結局うるさい鼓動に邪魔されて浅い眠りしかとれなかったくらいなのに。 贅沢な悩み事を抱いて家に上がったついなは心臓が止まりそうになった。

「東雲っ!」

 聞き間違えようの無い妻の悲鳴に沓を脱ぎ飛ばして慌しい足音を響かせる。 その姿の何処にも仕事場での“冷静”だとか“沈着”だとかまして“怜悧”なんて欠片も無い。

 一度だけの悲鳴でもその居場所をあやまたず、ついなは東雲がいる土間へと駆け込んだ。

「あ……。 ついな? おかえりなさい」

 ついなの姿を見て東雲は一瞬びっくりしたような顔をした。 気配で帰宅をわかっていた筈なので、もしかしたら異様な速度で飛び込んで来た事に対する驚きだったのかもしれない。

「君の、悲鳴が」

「え? ああ、えっと」

 ぱっと両手を後ろに隠したのをついなは見逃さなかった。

「失礼します」

「ちょっと!」

 抗議の声もなんのその。 東雲の手首を掴んで見れば、薄っすらと人差し指の先が朱を帯びている。

「うっかりしていたのよ。 大した事じゃないわ」

「火傷は大した事です」

「平気よ。 元に戻せば消えるもの」

「元に?」

「今は、人間と同じにしているから火傷したの。 それを解けば傷も火傷も消えるわ」

 ほらこんな風に。 そう言って掴まれていた手を軽く振るう。

 見た目的には何も変わらないように見えるのだが、確かにもう一度差し出された指先は柔らかく白い。

「まったく。 人間て不便ね」

「東雲、よくわからないので詳しく」

 その不便な人間であるついなは火傷が消えた事にはひとまず胸を撫で下ろしたものの、あとはさっぱりわからずに妻に説明を求めた。

「だから、一時的に人間と同じ器を構築してみたのよ」

「…………」

「なぁに? その顔」

 狐につままれたような顔で固まったついなに、東雲は首を傾げて見せたが、ついなとしては今の言葉のほうが衝撃だ。

「人間と同じ、器?」

「そうよ。 さっきから言ってるじゃない」

 ほら、こんな風に。 そう言って東雲はもう一度ついなに改めて手を差し伸べた。

 触れた指先や手首に、自分と同じ温かさと、そして命が脈打つのを感じる。 人間と同じように、そこには血が通っていた。

「私の友人が言ったのよ。 人間と同じ事をするなら、人間として感じるのが良いって」

 東雲はそう言って空いた片手でついっと、無造作についなのこめかみに垂れて乱れた髪を耳に掛ける。

「水は冷たいし、火は熱いし。 おまけに人間の皮膚は火傷したら痛い」

 不便だわ。 そう零す東雲に、ついなは触れている片手、先程火傷をしていた指先を見つめ、ちゅっと唇で触れた。




 妻に引っ叩かれたらどうしたらいいでしょうか?

 婚儀の中日、昨夜と同じようにけれど昨夜とは明らかに違う緊張感満載の寝所で、ついなは背を向けて寝具に包まる妻の背を見て正座していた。

 思わず唇で触れて確かめた指先の感触と、次いで感じた頬の熱と音。

 恐らく驚かせてしまった。 それは自分を引っ叩いた後の妻の顔からありありと見て取れた。 思わずといった面持ちで、引っ叩いたのだろう。 嫌悪は欠片も無かった。 けれど、引っ叩かれた事に変わりはない。

 どちらも気まずく、顔を合わせられなくなった。 夕餉を終えてもそれは変わらず、二晩目はもう中止だろうと思ったのだが、東雲は昨夜と同じについなと同じ寝床にやってきて寝具に包まって背を向けている現在がある。

(どうすれば……)

 気まずい。 物凄く気まずいのに、妻は三日夜を続行するつもりらしい。

 寝具の上に正座して、膝の上で拳を握っていたついなは恐る恐る東雲に声を掛けた。

「東雲」

「何」

「先程は、申し訳ありませんでした」

「……いいわよ。 私も、叩いちゃったし」

 だから気にしなくて良いと言いながら、東雲は背を向けたままだ。

 ついなは東雲の背を見つめていたが、そうしていても気まずさが募るだけ。 意を決して自分も寝具に包まって背を向ける。

「……痛かった、わよね」

「え」

「ごめんなさい。 嫌だったわけじゃないの。 でも、なんて言えばいいのかしら……びっくり、しちゃって」

 互いの顔は見えないのに、ついなは東雲の泣きそうな顔が見える気がした。

「ぶたれたら、痛いわよね。 だって……私も手が痛かったもの」

「…………」

「火傷より、痛かった」

 そんな筈は無いのに、きっとそれは心も傷ついたから。 ついなは何も言わない。 けれど、そっと身体をずらして東雲の方へと寄る。

 軽く背合わせになる振動が肩に。 びっくりしたような東雲の身じろぎに、思わずついなは微笑んでいた。

「大丈夫ですよ。 君になら、いくらでもぶたれたいです」

「……」

「というのは冗談ですけど」

 一瞬東雲の気配が凍ったのを察してついなは即座に訂正を入れる。

「あんまりにも、君の指先が柔らかくて、暖かくて。 気付いたら口づけてました」

 変態度的には訂正前も後も変わらない気がするのは気のせいだろうか。

「東雲、私は君に嫌な思いをして欲しくないし、どんな痛みや辛さからも遠ざけてしまいたい」

 でもね、と。 ついなは微苦笑した。

「遠ざけたい。 ……人間と同じになんてなって欲しくないって思うのに、君が人間わたしと同じものを感じたい、感じようとして、知ってくれようとするのが、嬉しいんです」

 息を呑む気配が背中越しに伝わってくる。 振り返って、今、妻がどんな顔をしているのかついなは確かめたい衝動に駆られたけれど、それは必死に押さえ込んだ。

 絶対可愛いと思うのだが、それを見たら自分が何をするかわからない。

「……暖かい」

 ぽつりと東雲が呟く。 そしてそっと、背中合わせに少しだけさらに身を寄せてくる。

「一緒に寝るって、暖かいのね」

「はい」

 互いに背中合わせで、身を寄せ合う。 優しい温度と互いの鼓動が混じり合うような不思議な感覚にどちらも我知らずに頬を染め、幸せな静寂を過ごした。

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