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東の空に映る色番外余話  作者: 琳谷 陸
三日夜の餅(ついな×東雲)
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三日夜の餅・其の十



 東雲が用意した夕餉ゆうげに箸をつけながら、ついなは沈黙していた。

 というのも、きっかけは誰かを迎えにいったはずの東雲が一人で戻ってきてかつ、

「今日から三日。 一緒のとこで過ごしましょ」

 というとんでもない衝撃発言をついなに投下したからである。 何がどうなっているのかと、ついなは半ば現実逃避で考えているのだ。

(床……いえ、今もある意味同じゆかの上で過ごしてますよね。 うん)

 わかっている。 こういう場合、床の読みは間違っても“ゆか”ではない事くらいわかっている。 それでも色々と思考が麻痺しているようだ。

「ついな?」

「あ。 はい」

「美味しくなかった?」

 うっかり手が止まっているのを見て、向かい合って膳を食していた東雲が心配そうに聞いてくる。

「いえ! いつも通り美味しいですが」

「そう……?」

 本当に? 東雲の視線はそう聞いていた。 ついなはとりあえず考えるのを止めて、食事に専念する事にする。 実際、ついなにとっては東雲の手料理が一番美味しいのは事実で、惚れたからも関係なく素直に出来も良い。

「美味しいですが……東雲はどこで料理を?」

 確か最初は洗い物で土間を水浸しにしていたが。

 ついなの問いかけに、東雲は笑顔で答えた。

「長とお友達の所よ。 ふふ、教えてもらった甲斐があったわ」

 ついなに褒められた事が嬉しいのか、東雲はそう言って自分の作ったものを口に運ぶ。

「人間の食事なんて知らなかったから、一から全部教わってるの。 まだこちらの食事だけだけど、そのうち他域の食事も作れるようにしたいわ」

「楽しみですが……東雲」

「何?」

「お友達は……女性ですか?」

「そうよ? それがどうかしたの?」

「いえ」

 ついなは密かにほっとしたが、言えやしない。 そのお友達が男だったら凄くみっともない嫉妬をしてしまいそうだったなんて。 昼に暴走し掛けて醜態を見せたのにそんな事がさらに上塗りされたら、冗談ではなく穴を掘って埋まりたくなる。

「性別と言えば……長は一応、男よ」

 ぴたりとついなの手が止まった。 東雲はそんなついなの様子に気付かず、せっせと自分の食事に勤しんでいる。

「長……とは、風精霊の、ですよね」

「ええ。 ただ、ちょっとうちの長は変り種だから精霊じゃないんだけど」

「人間ですか?」

「いいえ。 けれど、妖でもないわ。 まぁ、私達の長だから今は精霊でいいのかも知れないわね」

 実体も性別もある精霊。 そんな風に言う東雲に、ついなは少しだけ面白くない。 今しがた嫉妬はみっともないと思っていたのに、やはり面白くないものは面白くないのだ。 けれど、東雲の長に対する感覚は人間でいう所の親子の情のようなものだと、瑞木に聞いたことがある。 精霊は自分たちを束ねる長に絶対的な信頼と敬愛をもっている、と。

『私は違うけど、六大に数えられる精霊は大概、長馬鹿おさばかよー。 自分の所の長が大好きなの』

 だから妬くのは不毛よと予め言われていたのだが、理屈ではない。 心の問題だ。

「そうそう、さっき迎えに行ったんだけど、出番は四日目の朝だから一旦帰ってもらったの」

「出番?」

「そうよ。 妻の親と一緒にお餅を頂くのは四日目の朝なんでしょう?」

 東雲の言葉が意味するところを理解して、今度こそついなは完全に固まった。

「ついな? 今度は何?」

 東雲がついなの顔の前で手を振ってみるが、反応がない。

「ちょっと。 大丈夫?」

 少し考えてから、東雲は一度立ち上がってついなの横に座り。 その耳元に囁いた。

「どうしたの?」

 瞬間、ついなは東雲の肩を両手でがしっと掴んで押し留めるように抑える。 東雲が目を瞠っていると、俯いてついなは声を絞り出す。

「東雲」

「なぁに?」

「意味、わかって言っていますか?」

「意味って……。 当たり前じゃない。 今日から三日間、床を共にして、四日目の朝に妻の親とお餅を頂くのがこの地域の婚儀でしょう?」

「その、床を共にするって意味、わかってます?」

 心なしついなの肩が震える。

「同衾するんでしょ?」

「同衾の意味は」

「一緒の寝具で眠る……。 ねぇ、どうしてそんなに念を押すの?」

 ついなは今まで生きてきた中でこんなにもどうして良いかわからなくなった事は無い。 もしこの状況を見ているものが居たなら、誰か一人は必ず“据え膳”だとか言うだろう。

(据え膳どころか、生殺し……)

 これが本当に理解して誘われているなら確かに躊躇う要素は無いのだが、確実に違う。 むしろ何処の誰だかわからないが、第三者の罠。 試練に等しい。

(東雲のお友達……それともその長か……)

 誰が仕掛けたにしても、残酷だ。

(こんなに可愛い妻を前にして我慢? しかも三日もっ?)

 ついなの懊悩など欠片もわからない東雲は無垢な笑顔で小首を傾げている。 なんて酷い。 そうついなが思うのも無理は無い。

「ねぇ、ついな」

「はい」

「嫌かしら……?」

「え」

 少しだけ小さくなった東雲の声に顔を上げる。 見れば、東雲はどこか頼りなさ気に森の緑に染まった瞳を彷徨わせていて。

「私と……婚儀を挙げるの、いや、かしら……」

「そんな事はありません!」

 思わず叫び、ついなは焦りながらも真摯に訴えた。 そんな事は此の世が終わろうと有り得ない。

「すみません。 不安にさせるつもりは無かったんです。 ただ、ちょっと私も心の準備が」

「そ、そう? なら、いいわ」

 ホッとして嬉しそうに笑む顔をみたら、もう腹を括るしかない。

(三日。 耐えましょう。 大丈夫。 三日耐えれば)

 とりあえず耐えて、後々ゆっくり本当の意味を明かせばいいと、ついなはこれから三晩の拷問に耐え抜く決意を固めた。

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