極バッドエンド一歩手前で思い出すとか、勘弁してくれ。
思いつきの一発ネタ話。
「――アンジェラ、お前こそ俺の全てだ」
俺様風のイケメンが、俺の名前を呼び近づいてくる。――この国の王子だ。
「――貴女がいてくれたから、私は救われたのですアンジェラ」
長い銀髪とズルズル鬱陶しい服をなびかせるスカしたツラのやっぱりイケメンは、この国の宰相の息子で跡継ぎ。
「お前のためなら、この命だって惜しくねぇぜアンジェラ♪」
チャラい上ムサ苦しいはずのボサ髪がワイルド系に見える、いいかげんにしてほしいイケメンは、この国の騎士団長の息子で、この国一番の剣士。
「ずっと一緒だよアンジェラ」
「ずっと一緒にいてねアンジェラ」
希少価値が下がるどころか上がるだろう、下手すると女よりも可愛い同じ顔のイケメン二人は、双子の天才魔法使い。
「……永遠の時とお前と、アンジェラ」
――そして背後からゆっくりと歩いてくる、この中でも飛び抜けた黒髪赤目のクソイケメンは、身分を隠しこの国に侵入していた、敵性種族である闇界の王、魔王の息子だ。
――メイン攻略キャラじゃねーか!!
――と内心で絶叫した俺はその時。
俺ことアンジェラ・ノーティリスが、別世界にある日本という国の男子高校生の生まれ変わりだという事。
今生きているこの世界が、姉にスチル埋めを無理矢理手伝わされたせいで熟知している乙女ゲー、『貴方の天使でいさせて ~幸せになってください~』そのものだという事。
現状がエンディング一歩手前、しかも逆ハーエンドのイベント中である事。
――そしてこの逆ハーエンドが、『あなてん』(ユーザー愛称)最大の地雷である、超バッドエンドだという事を全て思い出した!!
「アンジェラ!!」
「アンジェラ……」
「アンジェラっ♪」
「アンジェラ」
「アンジェラ」
「……我が妻」
近づいて来るイケメン共から発せられるのは、正に地獄の呼び声。
某TRPGならSAN値直葬で即発狂しそうなほど、今の俺には恐ろしい。
アンジェラ、てめぇ何してくれやがった。何気合い入れてこいつらを落としやがった。
そんなにイケメン集団にチヤホヤされたかったのか?
それでお前――その後何が起きるか判ってなかったのか?!
「……愛している」
――いや、そんな事は今どうでもいい。
俺が目覚める前のアンジェラが、どれだけイケメンキラーのオヒメサマ思考の人生なめきった馬鹿女だったかしらねぇが――今の俺にはそんな知識は全く必要無い。
俺が――今の俺ができる事は――。
「ふぬぐぁらぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「おぶ?!!」
俺の肩に手が触れた最初の瞬間、俺は振り向きざまその手をひねりあげ、その不運なイケメンの腹に蹴りを叩き込んだ。
――おお!! アンジェラ戦闘技能も上手く上げてるじゃねえか!! それは感謝してやる!!
「アン……ジェラ……」
あ、魔王子だったか……すまん。お前が攻略対象になるほどのイケメンだったのが不運だったんだ。諦めてくれ。――そして永遠にさよならだ!!
「あ――アンジェラ?!」
「どうしたというのですかアンジェラ!」
「な、なんだぁっ?!」
「どうしたのアンジェラ?」
「何かあったのアンジェラ?」
「……」
崩れ落ちる魔王子を掴み、背負い投げの要領で駆け寄ってくるイケメン共へと投げつけた俺は、脱兎のごとくその場――ゲームの舞台である、リュミネリア学園の花壇から逃走したのだった。
――重ね重ね、魔王子すまん。お前の女運の無さを恨んでくれ。
さて、先程も言ったが、俺が今いる『あなてん』の世界は、乙女ゲーだ。
そして主人公アンジェラ・ノーティリスは、元々は天界で暮らす住む天使という設定だった。
新米天使のアンジェラは、とある王国に闇界(天界の敵世界)の暗躍を察した天使長の命令によって、王都の最高学府である、リュミネリア学園に入学する。
その国のいわばエリートが集う学園を闇界は狙い、影響を強めていたからだ。
アンジェラは学園生活の三年間、仲間と協力してある時は学んだ知恵を絞り、ある時は習得した武術で闇の勢力と戦いながら、学園の生徒たちを守り幸せにする――というのが、ゲームの内容だった。
――そう、『幸せにする』。
乙女ゲーにしては珍しいこのコンセプトが、『あなてん』最大の特徴だ。
まず乙女ゲーなので、このゲームには勿論攻略キャラが存在する。そして全てのキャラに、アンジェラのライバルキャラである女性キャラが存在する。
そして、アンジェラが誰かを選び、そのキャラとベストエンディングになるためには、あぶれた攻略キャラとライバルキャラ達、そして自分と争う事になるライバルキャラも放っておいてはいけない。
具体的に言うと、アンジェラには幸せにした人間達から送られて来る『幸運値』というパラメーターがあるのだ。
そして最低でもあぶれた攻略キャラ達を数人恋愛成就させて幸せにしないと、ベストエンディングに必要な幸運値を貯める事は難しい、というシステムになっているわけだ。
勿論他にも色々と幸運値を上げる方法はあるのだが、誰かの恋愛成就を助けるのが、一番楽な幸運値稼ぎだったりする。
なおその幸運値が貯まらないまま誰かと恋愛エンドを迎えると、短い蜜月の後、ヒロインは結局役目を充分に果たせなかった天使として、天界に呼び戻されてしまう。
そして天界で恋人を見守り、恋人が寿命を迎え天に召される時迎えに行く――という悲恋エンディングとなってしまう。
俺の姉は嫌いじゃないらしく、悲恋エンドのスチルは全て自分でコンプリートしていたがそれはとにかく。
恋人とちゃんと結ばれ添い遂げるベストエンディングを迎えるためには、他のイケメン達とライバル達の幸せも考えなくてはいけないのが、この『あなてん』という乙女ゲームなのだった。
――そんなゲームで、大勢のライバルキャラを泣かせ、自分だけチヤホヤされながらイケメン達と幸せになる、逆ハーエンドなどというものを狙えばどうなるか。――まぁ、考えるまでもないよな。
実はゲーム発売前、『あなてん』でも逆ハーエンドがある、というのはゲームの公式サイトでも明言されていた。
そして逆ハーも嫌いじゃない俺の姉やその他大勢のプレイヤー達は、攻略本が出る前からせっせとはりきって、逆ハーエンディングを目指した。
――その結果迎えた逆ハーエンディングは、後ろでなんとなく眺めていた俺すらドン引きする程の、とんでもないバッドエンドだった。
まず全ての攻略キャラを手に入れたアンジェラは、多くの愛を弄んだ堕天使という烙印を押され、全ての力を失う。
攻略キャラとの恋に破れたライバルキャラ達は、全て闇の誘惑に抗いきれず悪堕ちし、闇界の勢力を王国に引き込んで滅亡させる。その結果攻略キャラは全て惨たらしく死ぬ。特に裏切り者となった魔王子は、父親の魔王によって最も残酷に殺される。
そしてアンジェラは闇界の捕虜となり、『闇界勝利最大の功労者』として、息子を失い怒りに狂う魔王に、『褒美』を与えられる。
それは闇の魔物達全てを受け入れ、永遠の母となる権利――つまり永遠に魔物達に犯され続けながら、闇界で魔物を生み続けるという、絶望の時だった。――というエンド。
男性向け凌辱ゲーも真っ青のリョナグロエンディングスチルに姉は呆然とし、そして怒りの奇声を上げてゲームパッケージを俺に投げつけたっけ。
当然他のユーザーも怒ったらしく、ゲーム攻略サイト各所では『あなてん』炎上祭りが開催され、公式サイトにも苦情が殺到した。――が、公式サイトからの返答は、要約するとこんな感じだった。
誰かを幸せにするため地上に降りた天使が欲ボケして大勢を不幸にすれば、罰が当たるのは当然だろ。その程度の予測もつかなかったのかよ。m9(^Д^)プギャーwwwwww
――うん。顔文字は冗談だけど、まさにこんな感じだった。どうやら確信犯だったらしい。
それで一部のプレイヤーは怒り狂ったみたいだけど、ゲーム自体の出来は良く、声優の名演も光ったせいか全体的な評価は悪くなく、結局はコンセプトがぶれなかった良ゲーとして、そしてある種のネタゲーとして、末永くプレイヤー達には楽しまれる事になった。
なんだかんだで姉もファンディスクや続編まで買ってたし、やっぱりはまってたんだろうな。……ああ、ちょっと現実逃避になった。
――で、だ。
以上の事を踏まえた上で、俺の現状と絶望を想像して欲しい。
「アンジェラ、どこにいったんだ?!」
「アンジェラ出て来てください!」
「俺達が何かしちまったのか?! だったら謝る!」
「アンジェラーっ」
「アンジェラーっ」
「……くっ……わ……我が妻……いずこに……」
気付かれにくい茂みに身を隠し、恐怖に震えながら必死に気配を消す俺。
そんな俺を捜して、フラフラと周囲を彷徨うイケメン共。
見つかって告られれば即堕天→王国滅亡→捕虜→肉便器一直線待ったなしのこの状況で、俺がボロボロ泣いていてもおかしくないだろう?! 男だって涙を耐えられない時だってあるんだよ!! いや今身体は女だけど!!
冗談じゃねぇよ!! 目覚めてバッドエンド一歩手前とか、どんな無理ゲーだよ!!
目覚めるならせめて学園入学時にしてくれよ!!
そしたら誰とも結ばれず、全員を幸せにして天界に戻って出世する、『お一人様エンド』に向かって邁進できたのによぉ!!
不幸だ――不幸だぁああああああああああああああああああああああああああ!!!
「――アンジェラ?」
「――!!」
背筋が凍った。
頭が真っ白になったままその声に顔を上げると、そこには先程俺が蹴り飛ばしてブン投げた、魔王の息子が覗き込んでいた。
「……涙? ……どうしたんだ?」
真っ赤な目が、気遣わしげに細められる。
眉目秀麗文武両道溢れ出る高貴、それでいてどこか天然で、元は人間だった母親の影響か妙に庶民じみた味覚の魔王子は、姉も一番押しの『わんこ』系攻略キャラだった。
「……その……俺が何かしてしまったのなら……謝りたい。……お前を泣かせるつもりなど……ないんだ」
くそ、イケメンの上良い声したやがるぜ。さすがCVが人気声優。
頭の中にこいつとのゲームイベントが次々と浮かび――すると何故か、妙にセンチメンタルな気分になって、次から次へと涙がこぼれる。
……なんだよ、これ。……『アンジェラ』の気持ちなのか?
……他のヤツらのイベント思い出したって、こんなんならないぞ?
……馬鹿じゃねーの? ……なんでこんなに苦しいくらいこいつが好きなのに、他の男に愛想振りまけるんだよ……お前。
「……泣くな……」
大きな手が俺の頭をなでる。――もっとなでてと、俺の中からアンジェラがねだる。
もっと沢山の愛が欲しいの。
大勢の愛が欲しいの。
誰かに分け与えるなんて嫌。
全部全部欲しいの。
――でも愛してるわ。
一番大切な貴方を、誰より愛してるわ。
――くそったれ堕天使。
てめぇのその自分勝手な愛で、こいつは――こいつどころかみんなが不幸になっちまうんだぞ。
「――っ」
ふざけんなっつーの!!
「アン――」
「じゃあな坊ちゃん!! ――てめぇとはこれまでだ!!」
魔王子の手を振り払い、俺は駆け出す。
確かめるまでもない。欲望のまま求めた俺の幸運値は、きっと最低値を振り切っている。
本当ならもう、バッドエンドは避けられない。――ゲームなら。
でももし――ゲーム以上の事ができるなら。
――まだなんとかなるなら!!
「――っ!!」
「うわ?!」
草むらを走り続けて抜けた湖の畔で、俺は立ち尽くしていた少女とぶつかりそうになった。
「ごめっ――あ!!」
「っ――貴女は……っ」
少女は俺を凝視した後、感情を抑えるように歯を食いしばり再び湖へと視線を移す。
ゴージャスな金髪巻き毛のスタイル抜群な美少女は、この国の王子の婚約者である公爵令嬢だ。
「……何か御用ですの? ……わたくし、少し一人になりたいのですが」
気位が高く王子攻略では手強いライバルになるが、恋愛成就を手伝うと、思いの外涙もろくて可愛い性格なのが判る公爵令嬢。
どれほど隠しても、その美しい碧眼は赤く充血し、泣きはらした後である事はすぐに判る。
――そりゃそうだ。――俺のエンディング前に、彼女はふられているはずなんだから。
「――ごめん!!」
「――」
いきなり泥棒猫が土下座したって、なんだか判らないだろう。
――でも謝る。
――それから、がんばる。
「謝る資格なんかないのは判ってる!! でも俺、このままにはしないから!! 絶対しないから!!」
「……何をおっしゃってるのアンジェラさん? ……殿下がわたくしより貴女をお選びになった。……それだけの事ですわ」
「それでもそんな終わりにはしない!! ――こんな、みんなが不幸になるような終わりなんて、俺は絶対認めないから!!」
「……今更何を……」
「一歩手前でも半歩手前でも諦めねぇ!! ――っつーか諦められるかチクショー!! 現実で見たらすげー可愛いじゃねーか!! 健気じゃねーか!! こんな可愛い子泣かしてんじゃねーのよあのクソ堕天使ぃいいいいいいいい!!!」
「……は?」
明らかに俺が今までの俺じゃなかったからだろう。公爵令嬢は思わず身を退き、俺を気味悪げに見返した。
うん、泣いてるより俺を気味悪がってる方がまだましだ。きっと。
彼女を――そして他の女の子達の笑顔を取り戻すためにも、俺はやる。
「見てろぉおおおおお!! バッドエンドにゃ絶対にしねぇええええええええええ!!!」
――こうして俺は、片足を突っ込みかけている地獄を振り切るために、走り回る事になったのだった。
……姉がうざがって、恋愛手伝いイベントを俺に任せてたのは、無駄ではなかったぜ……。ゲーム知識は、地味にイケメンとライバルキャラとの復縁に、役立ってくれた。
そして。
「アンジェラ、この書類をお願いします」
「へーい! 天使長様!」
「なんですかその口の聞き方はっ、地上に行ってから、ガラが悪くなってしまったのではありませんか貴女はっ?」
「うーっす」
「……まぁ、多くの者達を幸せにした功績は認めますけどね」
俺は今、ちょっと出世して天界にいる。
告られる前にイケメン達をこっぴどく振り、ライバル達へと目を向けさせ、アレコレと影から手を回し、努力して努力して努力してやっと、俺はギリギリ『お一人様』エンドに潜り込む事ができたようだ。
王子、宰相の息子、剣士、双子。それぞれ手強かったが、ライバル達を嫌いになった訳でもなかったらしい。
熱にうかされるようなアンジェラへの恋心が冷めてしまえば、自然と側にいる少女達に目が向くようになった。――まぁ、初恋ってのは実らないもんと諦めて、今大好きな恋人達と、幸せにやって欲しい。
あ、そういや王子は、心身共に強くなった公爵令嬢の尻に敷かれてたな。ケケケざまぁ。
……ただ申し訳ない事に、魔王子だけは上手くいかなかったんだ。
色々企んで魔王子ルートのライバルキャラ、魔王子護衛の美少女騎士ちゃんとくっつけようとしたんだが……魔王子は騎士ちゃんを見る事は結局なく、最後は完璧に彼女を振った。
……時間と、俺の努力が足りなかったんだろうな。ごめんよ騎士ちゃん。
……あいつだけ不幸にしちまうとはなぁ。
……多分アンジェラが一番幸せにしたかったのが、あいつだったのになぁ。
そんな事を考えると、少しだけしんみりしちまうが、まぁ今の俺は大体悪く無い暮らしを送っている。
中のアンジェラがものすごく気にしてるようだし、たまには闇界を覗いて魔王子を見守って、そんで彼女ができたら祝福してやろうと思う。
うん。めでたしめでたし、だな。
「――アンジェラ、最近和平が成った闇界からの御使者様ですよ。……なんでも和平の象徴として、魔王子様が天使の妻を迎えたいとか……あ、ご本人様ですか?」
――えっ?