第8章 黒いエンデュミオール
1.
翌木曜日。隼人はバイトを終えて支部に立ち寄った。連日の出勤に驚く横田に単刀直入に質問をぶつける。
「エンデュミオールの系統?」
「ええ、赤と青、白以外にどんなのがあるのかな、ってふと思って」
横田は隼人を支部長室に連れて行ってくれた。
支部長は、昨夜の戦闘の疲れも見せず、執務をこなしていた。気遣う顔を見せる隼人に微笑む。
「わたしはしょせん事務仕事だから。ありがとう、大丈夫よ」
横田が隼人の質問を伝えると、支部長はなぜかうふふふと笑って、机の引き出しから1枚の紙を取り出して彼らに見せてくれた。その紙には
『赤:炎系 白:氷雪系 青:水系 黄:電撃系 緑:質量操作系 ……』と様々な系統が一覧になっていた。
「ふーん、質量操作系、なんてあるんですね」
「ああ、それは、自分自身や、自分の身体が触れているものの質量を任意に変えられる系統よ」
「へぇ……この『黒:光線系』ってのはなんですか?」
隼人は、リストの一番最後に書いてあるものをさりげなく尋ねた。
だが、その系統のエンデュミオールは誰も見たことがないと、支部長は言う。
「読んで字のごとくだと思うけどね、いまだかつて出現したこと、ないんじゃないかしら。会長が、必ずあるはずって言うから、一応リストに載ってるんだけど」
隼人は、自分の系統を確認できて興奮した。
光線系、って、なんかすごいな。しかも超レアみたいだし。
思わずガッツポーズをしたくなる衝動を抑えながら、隼人は別の質問でごまかすことにした。
「そういえば、昨日の敗北で、あの場所はどうなっちゃうんですか?」
そう、それなのよ。支部長は隼人の質問を受けてため息をつく。
「早急に浄化作戦を行わないと、あの場所がオーガその他の妖魔をストックする『拠り所』になっちゃうわ。ただでさえ現状でぎりぎりなのに、これ以上妖魔の数が増えたら……」
「やはり、北東京支部との合同作戦になりますか?」
横田の問いに、支部長はうなずく。
「そうね。でも、向こうもウチよりはましだけど、余裕がないのよね」
支部長と横田のやりとりを聞きながら、隼人は、改めて決意を固めた。俺がやらなきゃいけない。なんとしても。
2.
22日金曜日。大学の裏山は、林道はあるものの基本的に無人で常夜灯も少ない。せいぜい寮生が夏に肝試しを行うくらいの寂れた場所だ。
この裏山に夜、ときどき光が走ることがある。それは大学関係者から『戦時中の爆撃から山中に非難して死んだ人の魂が彷徨っている光』とも、『いろいろな意味で刺激を求めるカップルの持つ懐中電灯の光』とも言われていた。
その裏山に、隼人は今踏み込んでいる。別にオカルトハンター的所行でも、カップルのいろいろな刺激とやらをのぞくためでもない。
「よう」
「あれ? 隼人じゃん。どしたの?」
「見学に来たんだよ。どんなことやってるのかな、って」
かなり奥深いところに、かつて山寺があり、今は建物も朽ちかけている場所がある。ルージュたちはここで、月明かりの中、スキルの練習をしていた。まさか人目に触れやすいところで訓練をするわけにもいかないための、秘密の練習場ということだ。
隼人は近くの石に座ると、ルージュとアクアの練習をしばらく見守った。15分ほどして練習は休憩となり、疲れた様子で戻ってきた2人を、隼人の持ってきたスポーツドリンクが出迎えた。
「ありがと。そういうところ、気が利くよね、隼人君って」
アクアがペットボトルを受け取りながら微笑む。
「そうか? まあ、いろいろ教わる立場だから」
「ん? なにを教わるの?」
アクアのなにげないツッコミに少し慌てたが、悟られないよう慎重に隼人は質問を開始する。
「スキルって、どうやって作ってるのかな、と。ほら、アニメとか特撮の変身ヒーローって、なぜかまったくの初心者が変身しても、いきなり魔法とか必殺技が使えるじゃん。エンデュミオールはそうじゃないって聞いてさ」
「変わったことに興味持つんだな、お前って。昼間もそんなこと聞いてたし」
ルージュの隼人を見る目が険しい。
昼間の顛末を思い出し隼人があせるのを見て、アクアが笑った。
「ふふ、まあいいわ。あのね、まず、自分がどんなことをしたいか、を頭に思い描くの」
アクアは眼を閉じ、手のひらを前に突き出した。
「どんな色、形をしたものを、どのくらいの大きさで具現化して、どのくらいのスピードで相手に向かって飛ばすのか、それとも、自分に付属させるのか。そしてそれはどの程度の威力なのか、それもイメージする」
額の白水晶が輝いて、アクアは説明の締めに入る。
「で、それを体のどこで発動させるのかを決めて、放つ!」
アクアの右手の平から、青いぷよぷよした物体が隼人めがけて飛来し、上半身全体にべったりと張り付いた。
「と、いうわけ。……あれ?」
ここで隼人の異常に気づいたアクアが、首をかしげる。
「おい、窒息してないか? 隼人、隼人! おい!」
アクアにスキルを解除してもらって、隼人は死の淵から生還した。
「……本気で一瞬走馬灯が見えたぞ」
「あははは。ごめんごめん、速射性を考慮してるから、2分くらいで消えるんだけどな」
「……俺、2分も息止め出来ないって」
こんな山中で、水で顔を塞がれて窒息死なんて、冗談じゃない。
あ、それからねとアクアが説明の続きを始める。この切り替えの速さというか、罪悪感のなさというか、親友の怪我を聞いても飲み続けられることにしてもそうだが、どうにもつかめない子だと隼人は思う。ま、それはそれとして、説明に集中しなきゃ。
スキルは発動までに溜めたり技の名前を叫んだりすると威力が上がる。その分体力を余計に消費するのだが。発動後誘導できるようにするのも体力が余分に要るのだそうだ。
「なんで叫ぶと威力が上がるんだ?」
隼人の怪訝そうな質問に、ルージュが横から口を挟んだ。
「気合が入るからじゃないか? 結構恥ずかしいけどな」
「というわけで、今のがアクアの新スキル、ゴーマー・パイルなの。で、隼人君、お願いがあるんだけど」
アクアのきらきらした瞳に、隼人は猛烈に嫌な予感がする。
「なに?」
「アクアの、実験台になってほしいな。ね?」
やっぱり。でもまあ、ここは辛抱して付き合うか。隼人は承諾の印に頷いた。
3分後、隼人は水色のジェルを上半身に貼り付けられた状態で、足を踏ん張って立っていた。顔は先ほどの反省からむき出しだ。
「よし、いくぜ隼人!」ルージュが拳に炎をまとわせて走りこんでくる。そして、隼人の胸に右ストレート!
「ぐっ!」隼人は当然来るべき衝撃に備えて歯を食いしばったが、予想に反して、いや、アクアの予想通り、パンチの威力はジェルに見事吸収され、隼人は上半身を仰け反らされただけで、胸骨は陥没を免れた。
「よしよし、大成功、だね!」アクアはご満悦。
「でもさ、蒸発しちゃったぜ、ジェル」
ルージュがいうとおり、拳が当たったあたりを中心に、ジェルは炎によって蒸発してしまっていた。
「まあでも、1発吸収できればいい、そういう意図なんだろ、これ」
隼人がアクアに確認すると、彼女はうれしそうにうなずいた。
「バルディオール相手ならそうだし、妖魔なら、もうちょっと持つんじゃないかな。だから速射性を高めて、消えたらすぐ補充するの。あとは、トライアドがもうちょっとちゃんと誘導できればなぁ。よし、後半戦はそれ一本でやってみるか」
「あたしはボリードの飛ぶスピードをもっと上げないと」
2人は練習を再開し、隼人は再び見学となった。アクアの講義を脳内で反芻しながら。
3.
それから30分ほどして練習は終わり、解散となった。
「んじゃ、あたしらは向こうだから」
変身を解除した優菜たちが西方向を指し、歩いていくのを隼人は見送って、自分は大学のほうへと歩いていった。数分ほど待って、先ほどの更地に戻る。
「さてと」
白水晶を取り出して変身しようとした隼人だったが、突然聞こえた足音に、慌てて後ろ手に持ったものを隠す。優菜が戻ってきたのだ。
「わっ! びっくりした! なんでお前ここにいるの?」
「いや、ほら、ペットボトル、回収し忘れたから」
と隼人の苦し紛れの言い訳に優菜は素直に謝意を示して、置き忘れた自分のタオルを持って帰っていった。
もう一度別れの挨拶を投げかけ、優菜が去るのをじっと待つ。……行ったな、よし。変身だ。
隼人は、改めて変身した自分の姿をチェックした。女装するとこうなるのか。いや違うな。胸は詰め物になるだろうから、違和感バリバリだろう。ミニスカートから見える脚だって、毛の生えたごつい男の脚な訳で、ストッキング履いたって、あのごつさは隠し切れないだろうな。
そしてこの股間。隼人はスカートをめくると、成果にちょっと満足した。スカートの下はいつもの開放感のあるトランクスではなく、女物のショーツの上にボクサータイプのぴったりしたスパッツ着用に変わっている。これは、イメージの産物。変身する際のイメージで、ビキニだろうがTバックだろうが思いのまま。ノーパンも可、なようだ。
これを昼飯のときに聞いた際の優菜のジト目を思い出し、隼人は身震いする。男の子だねぇ、と言うるいのくすくす笑いも脳内再生され、恥ずかしさで身悶えしちゃう。だって、女の子なんだもの。世知辛い、なんて言ってごめんなさい。実際になってみると、無理ですこれ。パンツじゃないから恥ずかしくないもん、って言い放ったあのキャラは偉い!
「さて」
隼人は、標的とする樹に目星をつけると、持ってきたノートを開いた。そこには、近接から長距離まで、隼人が習得しようとしているスキルの候補が列記してあった。自身や仲間を守るための防御スキルも検討してある。光線系ということで、イメージするスキルはすべてエストレ戦士の光線技にした。多彩なバリエーションがあることに加え、手っ取り早くイメージが出来るのも利点と考えたからだ。
エストレシリーズは、もうすぐ45周年を迎える変身ヒーローの老舗だ。太陽の活動が弱まったことにより危機を迎えたオソシロア帝国の侵略者が地球を征服すべくやってくる。それを迎え撃つエストレミスタをはじめとするエストレ戦士と地球防衛軍の戦いを描いたこのシリーズは、何度かの中断をはさんで20作品が作られている。最近はライバーシリーズに押されているが、隼人のように根強いファンが多い。
「まずは、これだよな」
隼人は眼をつぶると、それをイメージする。右腕と左腕を十字に組んで掛け声を発すると、胸の白水晶――エストレミスタはやっぱりここに付いてないと決まらない――が輝き、垂直に立てた右手から、白色光線が目標の樹めがけて飛んでいった。白色光線は目標のやや左に当たり、そして消えた。
なんだ、簡単じゃん。隼人はそう思ったのだが。
「焦げてるだけ、だな」
隼人が懐中電灯で照らした命中箇所は、黒く変色していた。だが、それだけ。触ればぼろぼろと木の皮が剥がれたが、こんな威力では、遊園地のアトラクションくらいにしか使えない。
「もっと強い威力のイメージを、か」
隼人は元の位置に戻ると、眼を閉じた。
50分後、隼人は、へろへろになって部屋にたどり着いた。体が重いなんてもんじゃない。
(だめだこりゃ。体力無いな、俺)
自信があったわけではないが、工事のバイトでもへばったことはないし、もっとやれると思っていた。スキル候補を半分試して、ある程度納得のいく威力にはなったが、こんなにすぐガス欠になるようでは戦えない。かといって、フィットネスクラブで体力づくりなんてブルジョアなまねをする金も時間もない。
(早起きしてランニングだな)
目覚ましを1時間早くセットしたところまでが限界で、シャワーも浴びられず、隼人の意識は落ちた。
4.
6月5日金曜日。水無月に入って、日差しは一段と強さを増し、かといって雨が降れば蒸す。季節は着実に梅雨へと向かいつつある。西東京支部では、間近に近づいた北東京支部との合同作戦に向けた準備が進められていた。そんな中、永田の報告が、スタッフの間に波紋を広げていた。
「黒いエンデュミオール?」
「そう」
永田は、持ち込んだオレンジジュースをこくりと飲むと、うなずいた。
「わたし、見たんだ。すごくでかい人だった」
「そもそも、なんで永田さんがあそこにいたの?」
ざわめくスタッフたちを制して、横田が当然の疑問を呈すと、永田は友達と一緒にあの辺りをぶらついていたことを話した。
「あんな辺鄙な所を?」
「怪しい」
「適当な暗がりを物色してたんじゃないんですか?」
スタッフたちの詮索を永田は豪快に笑って否定した。
「残念ながら男じゃないんだ。あのへん、ホタルが飛んでるってニュースがあったじゃない?」
優菜が相槌を打つ。
「ああ、例年よりかなり早いんで、何かの前触れか、ってやつですね」
「そうそう、それ。で、見に行ったら、ホタルじゃなくってオーガに出くわしちゃったのよ。んで、通報して逃げてたら、友達が襲われたはずみで転んで足ひねっちゃって」
いやあ、やばかった。そういって永田は、がはははと笑う。やばかったようにはとても見えないが、無事助かった安堵もあるのだろう、表情は明るい。
「倒れた友達をかばって、もうだめだ、って伏せたの。そしたら、突然オーガがふっ飛んで」
後ろを振り返ったら、その黒いのがいたの。わたしたちに駆け寄って、プリズムなんとか、って叫んだら、わたしたちの周りに光る壁が出来て。あとは、そいつがオーガを2体ともやっつけちゃった。それが、永田の報告だった。
「黒……って、何系だっけ?」
「光線系よ」
るいの疑問に、いつの間にか近くに来ていた支部長が答えそのまま永田のほうを見る。
「お疲れ様。大変だったわね」
答える代わりにまた笑う永田に、支部長が尋ねてきた。
「そのエンデュミオールの特徴を、憶えてる?」
「えっと、すごくでかい人でしたよ。さっきも言いましたけど。あと、髪の毛が長くて、なんだか靴がごつかった」
「でかい、って、具体的にどのくらい?」
「えーと――」と永田は周りを見回して、
「今日はいないね。理佐ちゃんとか、隼人君くらい」
隼人は、部屋の風呂に浸かりながら、今日の戦闘を振り返っていた。
(今回はうまくできたな。2体倒せたし。後はもう少し立ち回りをうまくしないと、こんなに攻撃を食らってちゃ、あいつには勝てない)
1週間、毎晩スキルの体得と詰めをしたのち、隼人は、実戦に身を投じ、反省点を元に調整する方法を採っていた。身を投じ、といっても敵を求めてひたすら夜を彷徨う、なんてまねは出来ないし、しない。ボランティアの状況確認アプリで『事故』の発生を確認したらそのポイントへ先回りし、ある程度戦闘をしたら、ボランティアが来る前に退散する。
もちろんバイトをおろそかには出来ないし、ボランティアにも顔を出さなければいけないのが歯がゆいが、変身できるようになる前の、あのむやみな焦燥感は少なくなっていた。
いざとなれば、バイトがはねたらすぐ物陰で変身して助太刀に行けばいい。終わったら原付を取りに戻らなければいけないが、街中を焦って原付で走るより、屋根伝いに移動したほうが早くて安全だから。
そう、屋根伝いの跳躍も出来るようになった、最初は、おっかなびっくりで跳んで着地でバランスを崩しそうになったり、着地の衝撃で家人に気づかれるんじゃないかとびくびくした。
それが、慣れた今では徒歩通学がかったるく感じる。確かに着地の音はするが、防音と断熱を兼ねたがっしりした建物が多く、みんな意外と気にならないようだ。日本の耐震基準に感謝、である。
(あとは、体力増強は当然として、スライスアローの誘導精度とスピードの両立を詰めて、ヴェティカルギロチンの発動を早めて。それから、インフィニティ・ブレイドか)
それは、左腕から発する光線剣の呼称だった。手持ち武器を携行しなくていいし、長さも自由に変えられる、便利なスキルなのだが、
(出しっぱなしにしとくと疲れるんだよな、あれ)
体力をかなり食う。いざという時の隠しスキルにするか。でも、そうすると近接スキルがない。腕っ節に自信があるわけでもないから徒手空拳はちょっとな、と独り笑う。別に剣の腕があるわけでもないのだが。
今日は疲れた。やっぱりバイトのあとの戦闘はきつい。ここんとこ連日だからなおさらだ。だが、髪が乾かないと朝大変だし、ともう少しだけ起きていることにする。
風呂から上がってパソコンを立ち上げ、とりあえずネットでもするかと某超巨大掲示板まとめサイトを巡っていた隼人の目が、あるエントリーに止まった。
『【三段ロッド】安価で友人と決闘【ジャキーン】』
掲示板のアンカーで番号を指定して、該当番号の書き込み内容にスレ主が従う方式のスレッドだ。三段ロッドのコレクターと名乗るスレ主は、どうも最近友人と恋愛関係のトラブルを抱えているらしく、決闘で白黒つけようとしているようだった。
『通報しました』の書き込みが並ぶ中、まずスレ主が『俺はどの三段ロッドを使えばいい?>>30』と書き込み、自分が用意できるものを写真にとって画像アップロードサイトにアップし、アドレスも添付していた。まとめサイトゆえ、画像はサイト主が取得して添付してあったのだが、それを見た隼人は驚いた。ざっと10本以上は並んでいる。
「こんなに種類があるんだ」
ひらめいた隼人は、三段ロッドを検索し、ネットショップを探した。