第9章 『拠り所』攻防戦
1.
月明かりは、分け隔てなく地上のすべてのものを照らす。それが例え『伯爵』を信奉するバルディオールたちであっても、それは変わらない。2人は月明かりが照らす中を、儀式の呪文を唱えながら歩いていた。
先日の戦闘で勝利したバルディオール側は、ここを、妖魔の『拠り所』とするべく儀式を行っていた。『拠り所』とはつまり、産み出してプールしておける場所、ということだ。
本来妖魔は、一晩しか寿命がない。なぜなら、バルディオールは(エンデュミオールもだが)日の入りから日の出まで、すなわち夜の間しか変身できないためである。妖魔がスキル“レイズ・アップ”の産物である以上、術者の変身が解除されれば消えるのだ。それが、拠り所に留めておけば、消えない。
「あと3日。あと3日でここは完成する」
バルディオール・ラクシャがにんまりと笑みを浮かべる。
「これで、侵略の足がかりが作れる。伯爵様もお喜びだろう」
ああ、とバルディオール・フレイムの返事はそっけない。それを聞きとがめたラクシャが、よせばいいのに絡んできた。
「なんだ、まだぶーたれているのかい? 貴様一人ではできなかったから、こうしてこのラクシャ様が出張ってきたというのに。だいたい、貴様が怠惰なせいで、ここまで完成がずれこんだんだぞ? 分かっているのか?」
沈黙。
好きなだけほざけばいい。フレイムの態度は、そう語っていた。
「ちっ、まあいい。迎撃の準備は怠りないな?」
「無論だ」
「くくくく。……ああそうだ、あの娘、あたしがもらってもいいか?」
突然の要求に、フレイムの眉が跳ね上がる。
「断る! あれは、わたしの獲物だ!」
「おお、怖い怖い」
ラクシャは、怒号を上げて詰め寄ってきたフレイムを軽くいなした。
「じゃ、殺しちゃうね?」
「殺すな。あれは――」
携帯の呼び出し音に、2人の言い争いは中断する。ほかでもない、『伯爵』からの電話だ。ラクシャはすばやく携帯を手に取ると、恭しく会話を始めた。
2.
11日木曜日。先ほどまで降っていた雨は上がり、地上の人々に漏れなく蒸し暑さを提供していた。
「え! お昼食べてないのかよ!」
夕方の食堂に、優菜の驚いた声が響く。何事かと一瞬振り返ったスタッフたちだが、ああなんだ、という顔でまた元に戻って各自の食事を再開している。隼人の言動に優菜と理佐がツッコみ、そのリアクションをるいが茶化す。いつもの掛け合いが始まっていた。
「うん、最近ちょっと物入りで」
と隼人がお茶を飲み干しながら答える。理佐が心配そうな顔をした。
「まさか、また妹さんに何かあったとか」
「いや、俺のヤボ用で」
そう言って、しまった、という顔をする隼人を優菜は見逃さない。
「またヤボ用かよ。今度こそ、風俗か?」
「違うって! ていうか、昼飯抜いたくらいで可能なのか? 風俗って」
「なぜわたしに振るの? 知らないわよそんなこと!」
隼人に話を振られた理佐が真っ赤になって怒るのを、るいが茶化す。
「理佐の怒る顔が綺麗、だって。なんかそんなこと言ってなかったっけ、誰かさん?」
「で、なんのヤボ用なんだよ? やましいことじゃないなら教えろよ」
優菜が怒りとは別の理由で首まで真っ赤になった理佐をあえて無視して、隼人を追及してきた。
「身の回りのもので、どうしても必要なものがあって、買ったんだよ。ただ、それだけ」
ここで表情を隠すふりして、隼人はヤカンから注いだお茶をぐいのみ。
「それがなんでヤボ用なの? ねぇ、なに買ったの? ねぇ?」
案の定るいが撒き餌に食いついてきたのを、隼人は受けてやる。
「いろいろあるんだよ。察してくれよ」
「なんだよ、それならあたしに言ってくれれば、いつでも相手してやるのに――」
「るい! 勝手にあたしのモノローグ入れるな!」
今度は優菜が真っ赤だ。
「しょーがないなぁ。じゃあ、るいが隼人君のために一肌脱いであげようかな?」
るいがしなを作って右肩をするりとさらけ出すと、隼人は喜色満面でぺこりと頭を下げた。
「お、マジ? ぜひぜひお願いします」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよあなた!」
「お前にはミサカイってもんがないのかよ!」
浮き足立つ女の子2人。隼人とるい、周囲のスタッフは笑っている。
「あら、盛り上がってるわね」
支部長が食堂に入ってきた。一同はすぐに表情を引き締める。
「さあ、お仕事よ」支部長が短く号令をかける。合同作戦の開始だ。
今回の作戦の目的地には10年ほど前、『ヴィラッジォ・ヘタリアーノ』という名の、テーマパークとショッピングモールを併せた商業施設が入っていた。第3セクターが手がけたこの手のものが、当時次々と経営悪化や破綻を向かえていた時期であったため、『完全民間資本による、郊外型テーマパークの新しい形』などとマスコミが称揚していた。
が、結果は2年足らずで経営破綻し、未だに上物すら除却出来ない状態。宣伝費をもらえなくなり、お役所をあげつらう材料を失ったマスコミが擁護するはずもなく、『誰がやろうがダメなものはダメ』という当たり前の結論を具現化したままの廃墟である。
西東京支部は南から、北東京支部は北から、この施設に侵攻する。当然予想されるバルディオール側の迎撃を排除し、現在かの地で形成されようとしている『拠り所』を地上から滅失する。それが作戦の目的だ。
現在ルージュたち3人のフロントは、オーガの散発的な迎撃を退けながら、敷地内を順調に進んでいた。警察提供の航空写真によると、施設群の中央に位置する広場に、それは形成途中とのこと。
『こちらアクア、Bゲートを通過。北さん、遅いですね』
『こちらアルファ。15分前に来たメールでは、順調にこちらに向かってる、とのこと』
『こちらブランシュ。オーガ1体登場。クリアします』
――施設の縁で通行止めの看板と共に通信を聞きながら、隼人は考える。敵の抵抗が薄すぎる。罠なのか? しかし、現在うちの支部が投入できる戦力はもうないし。
そんなことを考えていると、隼人は急に尿意がこみ上げてきた。食堂で掛け合いをやりがてら茶をいっぱい飲んだからかと辺りを見回すと、いつのころからか設置されたままの簡易トイレが10メートルほど向こうにあった。
『こちらゴルフ。状況3』
『了解、ゴルフ。』
本部にトイレに行くことを宣言して、隼人は持ち場を離れた。
「これか?」
ルージュたちは、広い中央広場に到達した。広場北側に位置するレストランに張り付くように、黒い霧を壁とした繭上のドームが形成されている。霧がところどころ透けているのは、未完成の証拠なのだろうか。
「こちらルージュ。目標の滅失にかかります」
「そうはいかん」
不意に霧の中から声が聞こえ、1人の女が歩みだしてきた。先日理佐と支部長に傷を追わせた、ラクシャだ。
「出てこい!」
ラクシャの掛け声と共に、4体のオーガが『拠り所』から姿を現した。
「くそ、読まれてたか! いくぜ!」ルージュたちは、戦闘を開始した。
『北に連絡、『広場にて吹雪発生、対応中』と』
支部長の、横田への指示を通信機で聞きながら、ルージュは思う。なぜフレイムがいない? まさか……15分あまり後、その懸念は現実のものとなった。
『こちらアルファ。撤退よ』
支部長の無念の声が、イヤホン越しにルージュたちに伝わる。
『北はこちらに向かっている途中で、フレイムの攻撃を受け交戦中。だけど、もう持たない、と連絡が入ったわ』
「そんな……」
ルージュたちは立ちすくむ。
「くくく、撤退かね? だが、逃がさないよ。ほれ、あれを見ろ」
レストランの右隣、キャラクターショップだった2階建ての建物の前に、女性スタッフが2人がいた。そしてその少し前には、2体のオーガが爪を彼女たちに向けている。
「な、なにぃ!?」「人質とはやるね」「卑怯な!」
ルージュたちの反応は、ラクシャの愉悦を高めるのみであった。
『ゴルフ? 応答しなさい! ゴルフ!』
支部長の呼びかけに、隼人は答えない。通行止めに投入しているサポートは隼人を含めて3人。隼人は拉致される過程で何かあったのか。
また変身しようとしている支部長を横田が止めようとしているのが、ルージュの通信機越しに聞こえた。その時。
『こちらゴルフ。アルファ、応答願います』
『……! こちらアルファ、無事なの?』
『はい。今、レンタサイクル駐輪場って書かれた場所まで来ました』
ルージュはブリーフィングの時に頭に叩き込んだ地図を思い出す。確か、中央広場のすぐ東にそれはあった。隼人のほうを見たいという誘惑を、彼女は必死でこらえる。
『向かって右のオーガに体当たりをかけます。デルタとフォックスはすぐに僕が来たほうへ逃げてください』
隼人の提案に支部長が息を飲む音が聞こえた。
『だめよ! そんな危険にあなたをさらせないわ!』
『時間がありません。フレイムが来ちゃうんですよね? デルタ、フォックス、オッケーなら左目でウィンクして』
スタッフ2人が指示通りの所作をする。
『すぐにあなたも逃げるのよ!』
『ラジャー。行きます!』
しかし――
「甘いね! イスブローク!」
ラクシャが放った氷塊が、隼人のすぐそばにある建物を直撃し、鉄筋コンクリートの2階部分が音を立てて崩落した。駐輪場に、無数のコンクリート片が降り注ぐ。
「くくく、ネズミが! 丸聞こえなんだよ!」
ラクシャの哄笑が、残った建物に反響した。
――『隼人君! 隼人君! 返事をして! 隼人君!』
支部長の悲鳴交じりの絶叫で、隼人は目覚めた。崩落してきたコンクリートは駐輪場の屋根に落ちていた。仰向けの隼人の上に、駐輪場の屋根が覆いかぶさっているが、武骨な骨組みが幸いして、ぺちゃんこにならずに済んでいた。
だが、屋根に張ってあったナイロン張りのフードはとっくに劣化し、コンクリート片の角がそれを突き破って、隼人の顔面から10センチほどのところで止まっている。
そのことに思わず安堵の声を漏らして、動けるか試した刹那、隼人は右脚に激しい痛みを感じてうめく。別のコンクリート片が、右脚の肉を軽くそぎ落としていた。
そのほかに異常がないことを確認し、隼人は頭上から風が吹いていることに気づく。穴が開いている。脱出できそうだ。
(まず……治癒だな)
隼人は痛みにあえぎながら、カーゴパンツのポケットから白水晶を取り出した。
「さて、とりあえず、変身を解除してもらおうかね」
"ネズミ"を始末した後、ラクシャは今度はこいつらだとばかりにルージュたちに要求を突きつけていた。
「やだ」
『アクア! 交渉を引き延ばして!』
支部長の金切り声にもアクアは動じない。
「変身解除したら逃げられないじゃん。今日のところはおとなしく帰るから、また今度、ね」
「なら、人質がどうなってもいいと?」
ラクシャの声に反応したのか、オーガが爪をわきわきさせ、人質の恐怖心をあおる。
「みんな、あたしたちのことはかまわないで、って言いたいけど」
「ううう、死にたくないよぉ」
スタッフは2人とも、膝をがくがくさせて涙声になっている。
「ふん、泣き虫め」
ラクシャはそれを見て吐き捨てるように言うと、3人のエンデュミオールに向き直った。
「では、そのコスチュームを剥いでやろう。動くなよ」
「楽しいか? 同性の裸見て」「うわぁ、変態さんだね」「あなた、許さないわよ!」
3人のリアクションすら楽しみながら、ラクシャは先ほどの戦闘で生き残った2体のオーガにあごをしゃくる。それに応えて動き始めた禍々しい妖魔にその場の視線が集中した、その瞬間。
「プリズムウォール!」
スキル名の詠唱と同時に、スタッフの前、オーガとの間に光の壁が現れた。オーガが慌てて手を伸ばすが、意外に硬質なその光壁に弾き返される。皆がこちらを見上げてくる。キャラクターショップの上に立っている"黒いエンデュミオール"を。
その黒髪がゆらぎ、逆立つ。屋上から飛び降りると着地しざまに、黒いエンデュミオールは右手に持った三段ロッドを構えて突進し、表面に光が宿ったそれを振り回してオーガに叩きつけた。
わずか2閃。一撃ずつ妖魔にくれてやり、地面でのた打ち回らせた乱入者に、ラクシャが吼える。
「きさま、何者だ!」
「あ? 見りゃわかんだろ見りゃ」
しまった、名前考えるの忘れてた。まあいいか。
彼、いや彼女はゆっくりと振り返りながら名乗った。
「ブラック。エンデュミオール・ブラックだ」
地面に這いつくばる2体をまだ安全と判断し、ブラックは広場を左へと回りこむため走り出した。先の戦闘で傷を負っている3人の援護が先だ。そこへ、ラクシャの氷塊がうなりを上げて飛来する。
「おっと、プリズムウォール!」
立ち止まって光壁を自分の周囲に作り出す。氷塊は光壁にぶち当たり、双方粉々に砕け散る。
「なにぃ!?」
ブラックがが無傷なのを見てラクシャがうなる。うなりながらも彼女はスキルで両手に氷の長剣を作り出し、また走りだして3人の元へと向かおうとするブラックに襲い掛かってきた。2本の氷剣はさまざまな角度からブラックめがけて繰り出され、ブラックはたちまち防戦一方になる。
「トライアド!」
水槍を投げつけオーガを1体始末したアクアが劣勢なこちらに加勢しようとするのを見て、紙一重でラクシャの斬撃をかわしながらブラックは叫んだ。
「アクア! こっちは引き付けとく! それより、仲間の治癒を!」
「は、はい!」
戸惑いながらもうなずくアクアに背中を向け、ブラックは目の前の敵が押せば引き、引いて3人のところに行こうとすれば遮った。
「はっ!」
仕切り直すためラクシャが下がったタイミングを突いて、ブラックはスライスアローを両方の手で発動させ投げつける。手のひらサイズの鏃形をした光のカッターが2本、ラクシャめがけて飛ぶ。これを難なくかわし、無駄無駄とあざ笑ったラクシャだったが、すぐに顔色を変えた。
ラクシャにかわされた光鏃はそのまま宙を舞い、鋭いカーブを描いて先ほどブラックに叩きのめされた2体のオーガに向かい、それぞれ頭と右手に突き刺さった。彼らは立ち上がり、光壁を攻撃していたのだ。
まだ誘導がいまいちだな。結果に不満なブラックであったが、眼前の敵にすぐ意識を戻す。痛みに悲鳴を上げ、再びのた打ち回るオーガを背後に、ラクシャが赫怒していた。
「切り刻んでやるわ!!」
ブラックはスライスアローを両手で撃つためロッドを手放し、丸腰だ。斬殺の好機と見たラクシャが氷剣を煌かせ襲いかかってくる。だがブラックは逃げず、靴音も高くラクシャに突進した。
「ブラック!!」
残りの1体をルージュが倒したため手が空いたブランシュが駆けつけてこようとするが、遠すぎて間に合わない。
「くっ!」
ブラックとラクシャ、2人の体が交錯する。そのまま走り抜けたブラックは数歩の後立ち止まり、振り返った。
「ぐおおおお、な、なぜ――」
彼方のラクシャは吼え、両膝を突いた。見れば右手の氷剣が折れている。
交錯の刹那、右下から逆袈裟に切り上げたインフィニティ・ブレイドがラクシャの体を浅く切り裂き、そのまま振り下ろされようとしていた一方の氷剣を砕いたのだ。
その代償として右脇を斬られたブラックは左手の光剣を解除し、傷を押さえた。かなりの痛みに顔が歪む。
追い打ちをかけられないほどの傷をブラックが受けたと判断したのか、ブランシュが代わりに氷槍を構え駆け寄ろうとしたが、ぱっと跳ね起きたラクシャに残った左氷剣を振るわれ近づけない。ルージュやアクアとともにラクシャを半包囲できる位置につき、じりじりと間合いを詰める。
手負いのバルディオールは荒い息で周りをねめ回すと、氷剣を一番近くにいたブランシュに投げつけた。ブランシュが氷槍で弾く隙に、ラクシャは跳び上がった。集中攻撃を受ける前に、建物の壁を蹴って登り、屋根伝いに逃げる気だ。だが――
「逃がさん!」
ブラックは痛みを抑え込んで、両手を胸の白水晶の前にかざした。あふれ出た黄金色の光を両手で受け止め、左右に引き伸ばす。引き伸ばされた光はみるみる膨らみ、そして――
「ラ・プラス フォールト!!」
ブラックが腕をL字型に組むと、右腕に光が集まり、黄金色の光の束が空中のラクシャめがけて飛ぶ。光線はまっすぐラクシャめがけて飛び、その身体に命中した。
「ぎゃあああああああああああああ!」
魂消る絶叫が、エンデュミオールたちの耳を打つ。
ラクシャの額に輝いていた黒水晶が輝きを失い、砕け散った。変身が解除された彼女が空中に留まれる理由があるわけもなく、次の足掛かりにしようとしてた屋根に体ごとぶつかる。そのまま15メートルほどの高さから堕ち、ひくひくと数回痙攣した後、動きを止めた。
3.
「これが、こいつの、正体……?」
恐る恐る、かつてはバルディオールだった女の遺体にルージュたち3人は近づき、顔を見た。それは50がらみの、やけに福福しい顔をした女だった。最終的に頭から落ちたが割れてはいない。
そのことに安堵した3人の視線の端に、再び閃光がほとばしった。完成間近だった『拠り所』に向けて、ブラックが先ほどの光線を放ったのだ。『拠り所』はたちまち、まさに雲散霧消する。
「ありゃ、『拠り所』まで消してくれたんだ」とアクアが目を見張る。
「……おい! あんた! ちょっと!」
ルージュにかけられた声を無視して、肩で息をしながらブラックは周囲を見回していた。すぐに手近な窓に目星を付け正対すると、両手を胸の前でバツの字に交差させ、白水晶を輝かせる。今度は乳白色の光があふれ出すと、ブラックは左手はそのままに、右手を窓ガラスに向けてそっと突き出した。光は右腕を伝って窓ガラスに向かう。命中したとたん、光はそのまま跳ね返ってブラックに当たり、彼女の体は自分が放った乳白色の光に包まれた。
「……自分を治癒してるの?」
アクアの質問にも答えず、治癒を終えたブラックはちらりとこちらを見て、右手をしゅっと挙げた。
「じゃっ」
「あ! ちょっと待って!」
慌てて止めるブランシュ。だが、ブラックはさっきのラクシャのように壁を蹴り、彼女のように遮られることなく、建物の向こうへと消えていった。
投光器の光が、隼人の眼を射る。
「うわ、まぶしい!」
エンデュミオールたちに障害物をどけてもらい、隼人は生還した。
(というか、急いでまたここに潜り込んで、変身を解除したんだけどね。正直しんどかったです)
隼人が誰にともなく心の中でつぶやいていると、ルージュが寄ってきて言った。声色はこころなしか明るい。
「まったく、無茶しやがって。怪我はないか?」
無事な証拠に隼人はぐるりと回転してみせる。
「このとおり、五体無事だぜ」
「あれ? じゃあ、この血痕は誰のなの?」
ギクッ
アクアが、隼人が横になっていたあたりを見て首をかしげている。確かに舗装上には結構な広さの黒いしみがあり、アクアたちが今しがた持ち上げたコンクリート塊の角にも、赤黒い液体がべっとり付いていた。
(あ、そうか! 治癒しちゃったからな)
「……俺、本当に無事なのか?」
ごまかそうと、あえて心配そうに自分の体を見回す隼人を見て、ブランシュが珍しくルージュより先に軽口を叩いた。
「あなた実は死んでて、それは幽体なんじゃないの?」
「なるほど。じゃあ支部に戻ったら早速試してみるよ。シャワー室の壁が通り抜けられるかどうか、な」
「成仏しなさい、このエロ猿!」
「はいはい、さっさと撤収よ。フレイムが戻る前に、ずらかるわよ」
支部長も珍しく口調が軽い。北東京支部はあれから粘って、フレイムが戻る時間を少しだけ遅くしてくれたとのこと。
隼人たちはせっかく成功した作戦をふいにしないよう、迅速に撤収した。誰からともなく見上げると、月は地上の激闘など知らぬかのように、ただ静かに天上に座すのみであった。




