3話
忘れ去られた頃に更新です。
翌日、気持ちの良い朝を迎えた孝一郎はクランハウスの窓を開ける。そこに蒼い色の美しい海が広がっている。立て続けに色々とあったが、今日からは糧を得るために働き出さねばならない。何でこんな世界に自分が来たのかはわからないが、考えたところでそんなことが分かるはずもない。所謂神隠しのような物だろうかと孝一郎は結論を出した。
「おはようございまーす!」
まあ、言語はなぜかわかるようになっているし、今こうして生きていく方法も手に入った。それだけでも望外の幸運だろうと孝一郎は理解している。だから現状を少しでも良くしたいのなら、自分が努力しないといけない。努力する方向も分かったのだから、後は突っ走るだけだ。ただ、こうやって考えられるのが、ラノベやらゲームやらのお陰であると言う点にだけは苦笑いがこぼれそうな心境になっている孝一郎であるが。
「おう、コーイチローか。今日から仕事をやってもらうぞ」
ヨーゼフはそういいながら、朝ごはんのサンドイッチを口に入れていた。孝一郎も用意されていたサンドイッチを口に放りこむことで、手早く朝ごはんを済ませる。ちなみにこの朝ごはんを作ったのはクランマスターである。
「了解だぜおっちゃん、で、早速なんだけど仕事の内容を聞きたいんだが」
孝一郎の発現を受けて、ヨーゼフは1つの箱と地図を取り出す。
「とりあえずお前さんには、この辺の地理を地図なしでも分かるようになると言う訓練も兼ねてしばらくの間配達の仕事をやってもらう。午前に一軒、午後に一軒だ」
この箱が午前の分だぞ、とヨーゼフは念を押す。
「随分少ないんだな」
孝一郎の感想に、ヨーゼフは鼻で笑ってから……
「んなわきゃねえだろう。いきなり多くの仕事を新人にやらせたってパンクして潰れるだけだろうが。ガッツリ仕事をしてガッツリ稼ぎたいんだったら、まずはこの付近の地理をしっかりと覚えやがれってんだ」
ちなみに配達の賃金は2000~2500バーズが相場で、そのうちの800がクランへの献上金となる。その代わりにクランは食事や寝床を提供するので、搾取と言うわけではない。
「そういうことか……わかったよおっちゃん、生意気言ってすまなかった」
孝一郎は自分の言葉が無知から出た言葉だと理解したので、ヨーゼフに詫びた。ヨーゼフも別段気を悪くしたわけではないようで、分かればいいんだとだけ孝一郎に返答した。
「生意気ついでに質問いいかな? 薬草などの採取って、どういうレベルのなるのかを聞いておきたんだけど」
よくあるラノベ序盤のお約束、薬草採集クエストが、こちらの世界ではどういう扱いになっているのか……興味本位で聞いた孝一郎であったが、ヨーゼフからはとんでもない返答が帰ってきた。
「薬草採集だと? ありゃ俺達のような弱小クランにはぜーったいに回されない一級品クエストだぞ? 薬草を見抜く知識と経験、すばやく運送して医者まで届ける足と技術と実に多くのものが要求される。最低でもB+ランク以上のクランじゃないとお目にかかることはないクエストだな。何せ薬剤の豊富な知識、フライト・ギアの一級品運転技術、高速を出せるフライト・ギアのセットをそろえる事が出来るクランはごく一部だ。報酬も最低60万バーズ以上が支払われるからなぁ」
ということであり、こちらの世界の薬草採集はラノベで言う強力なモンスターを退治した報酬と大差ない。有益な薬草はなおさら数が少ない&見極めが難しいと言う事で、より報酬の方も高まる傾向にある。
「ま、そんな一攫千金を夢見ない方が長生きできるぞ。俺たちは小さい仕事をこつこつとやって、確実に稼ぐんだ。コーイチローが配達の仕事で以外もできる様になった頃には、お前専用のフライト・ギアを持つことが出来ているだろうよ」
「んじゃ行って来る」
ヨーゼフに見送られつつ、フライト・ギアのエンジンをかける。
「いいか、初めての仕事なんだから焦る事はねえぞ! ゆっくりで良いんだからな!」
そんなヨーゼフの声に分かったよおっちゃん! と返答を返して孝一郎はフライト・ギアを空に飛ばす。ヴヴヴ……ンン……と音を出しながらフライト・ギアは空に飛び上がる。
「さーって、午前はここから東にある島のクランにこの荷物を配達だったな」
あえて確認のために声を出す孝一郎。コンパスを確認してフライト・ギアの進路を東にとる。その手つきは危なっかしい所があるが、ヨーゼフによって丁寧にメンテナンスを受けているフェザー001は孝一郎のコントロールに従ってゆっくりと方向を変える。ちなみにメンテが不十分だと、こういった方向転換に苦労する事になる。
それから孝一郎は空をゆっくりと飛んでいたが、ギャアギャアと自分の左側から聞こえてきた鳴き声らしきものに気がつき、チラッと視線を左に向ける。その孝一郎の視線に入ってきたものは10匹ぐらいの団体を作っている大きいハゲタカのような存在だった。
(あれがおっちゃんの言っていた禽ってやつか!? 距離があるうちに逃げないと不味いな)
調子に乗ってぽっくり死亡するなんてネタはラノベで山ほど見ていた孝一郎は、一気にフライト・ギアの速度を上げて全力で逃げる事を選択する。自分は一騎当千できるチート持ちの勇者じゃない、一般人だと自覚できていたからこその行動だ。この行動は実に正しかった。変に戦ってみようなどと考えていたら、孝一郎の人生はここで終わっていただろう。
しばらく全速力で飛び続けてから、孝一郎はバックミラーで後方を確認した。ハゲタカのような連中は追跡してこなかったようで、はぁぁぁぁぁ……と安堵の息を吐き出す孝一郎。それでも心臓はバクバク言っているし、体からは冷や汗がダラダラと流れている事も自覚していた。
(よ、良かった……振り切れたか……)
一応回りも再確認してから、フライト・ギアの速度を緩めていく。全速力で逃げた事により、予定より早く目的の島に着きそうだと孝一郎は考え出していた。
(ひとまず降りて、荷物を届けたら一休みしよう。ヨーゼフのおっちゃんも焦らなくていいって言ってたんだし)
ヨーゼフが焦らなくていいといっていたのは、今孝一郎が味わったような状況になったときにしばらく休む事を考慮したためだった。これは経験者だからこそ予想できる展開だったのだ。初心者だから世界もやさしく対応してくれるなんて事はないのだから。
孝一郎にとっては幸いなことに、この後は禽の接近もなく目的の島を見つけることに成功していた。島が見えたことで安どの表情を無意識に浮かべつつ、フライト・ギアを降下させる孝一郎。無事に着水し、フライト・ギアの停留所に停泊させる。指貫グローブをはめた右手をフライト・ギアのキー部分に突っ込んでエンジンを停止させて数秒後、ふうううぅぅ……と孝一郎はもう一度安堵のため息を吐きだした。
「はっは、兄ちゃん随分と疲れてんなぁ? 何があったよ?」
停留所の監視員の人からそう話しかけられる孝一郎。孝一郎はここに飛んでくるまでに禽を見かけたことを監視員の人に告げて、その禽の群れから必死に逃げてきた事を話した。
「あーなるほどな、あいつらか……そりゃ全力で逃げて正解だわ。色気を出して戦ってみようとか考えなかったお前の判断は正しいよ。新人にしちゃ慎重な性格のようでなによりだ」
新人と見抜かれたのは、使っている機体のせいだろうと孝一郎はあたりをつけた。
「いきなりの洗礼でしたから、ちょっと堪えてますけどね。それよりこの包みにかいてある『ガレッグ・クラン』はここから遠いのでしょうか?」
監視員の人に位置の情報を聞いてみたところ、歩いて数分の所にクランハウスを構えている事と、場所を監視員が丁寧に教えてくれた。孝一郎はきちんと監視員にお礼を述べてから、『ガレッグ・クラン』を目指して歩き出した。
そして監視員の人が言っていた通り、歩いて数分で目的のクランハウス前に孝一郎は到着していた。クランハウスの門をノックすると、すぐに「今出るから、少し待っていてくれ!」とクランハウスの中から男性の声が聞こえてきた。10秒ぐらい後に扉が開かれて、中から20代後半ぐらいの男性が顔を出す。
「お忙しいところ申し訳ありません、『ロストフェザー』より、荷物の配達です。荷物の確認が済んだ後にサインを下さい」
荷物を見た男性は、そうか、あれが来たんだなと納得した後、軽い確認の後に受け取り完了のサインを書いてくれた。
「ありがとうございました、では失礼します」
孝一郎が丁寧に頭を下げたところ、受け取った男性も「お疲れ様」と孝一郎に声をかけた。これで午前の仕事は半分が終了。クランハウスに帰ってこのサインが書かれた証書をクランマスターに渡してやっと完遂である。この後すぐに帰るべきなのだが……。
(だめだ、足がまだ少しがくがく言っている。ここは変に強がらず30分ぐらいこの島で休んでいこう。幸い時間は十分にあるから……)
実際には落ち着くのに1時間ほど掛かることになるとこの時点では知らない孝一郎であったが、何とか午前中にロストフェザークランハウスに帰って初仕事の報酬を受け取ることに成功したのであった。




