溶け込む光
それにしても、間近で見る立ち上がった磐拝くんってすごく大きい。座っている間は気づかなかったけど、2メートルはありそう。
私や神流原さんとは大人と子どもくらいの差がある。
でも天凪くんよりもっとガッシリした体格してそうなのは、制服の上からでも想像できる。
それに、何て言っていいのか、動きがキレイ……最初は無理に教えられてたけど、やっているうちに面白くなった華道の先生の動きと似てるような気がする。
磐拝くんも華道か何かしてるのかな……。
みんなのいちばん後ろを歩きながら、なんとなく嬉しい気持ちに満たされていた……。
5時間目の授業が終わったあと、天凪くんがクラスの男子たちに誘われて、教室から出ていくのが見えた。
イヤな予感がして、いけないとは思いながらもこっそり後をつけると、そこは鍵がかかっていてめったに人がこない屋上に昇る階段。
声だけ聞こえるところまでそっと近づく。
「天凪。なんであいつと一緒に弁当食ってたんだよ」
「おう? あいつって?」
「御小波だよ。無視するって決めただろうが」
「いつだ?」
「なんだオメー知らねーのか? 1か月くらい前からだぞ」
「そうなのか?」
「あ! お前、ひょっとしてその時も遅刻して、いなかったんじゃねーか?」
「憶えてねぇけど。そんな話は知らねぇぜ」
「かあぁ! テメーらしいっていやぁテメーらしいけどよ、しょうがねー。
いいか、これからは話しかけたり、口きいたりすんじゃねーぞ。分かったな!」
……知らなかっただけ?
天凪くんは知らなかっただけ……だから声をかけてくれたんだ……。
やっと、友だちになれそう、だった、のに……。
「おう……分かった」
天凪くんの答えに、鼻の奥がツンと痛くなる。
「おめぇらがガキなのが、よく分かったぜ」
「なんだと! コラ天凪ぃ」
「今なんていった! オラァ」
「誰にいってんのか分かってんのかぁ?」
「そんなことされたヤツの気持ち考えたことあるのか? すげぇツライぞ」
「うっせえ! あんなお嬢は懲らしめとかなきゃいけねーんだよ」
「そうだよ! アイツは俺たちをバカにしてやがんだよ」
「どうせ気にもしてねーだろうぜアイツは。せいせいしてんじゃねーのかぁ」
……そんなことない。私は、私は……。
「しょうがねぇなぁ……頼むぜ、エル……」
天凪くんの呆れたような声が聞こえた直後、突然、彼らがいるあたりが光った……。
フラッシュしながら回転しているような光。
男の子たちの叫び声……私は逃げることも忘れて目を固くつぶり階段にしゃがみこんでいた。
……何? 何が起こっているの?
しばらくして、不意に体を揺すられた。
「佳月、佳月……」
「きゃ! あ……天凪……くん……」
「どうした? こんなところで」
何ごとも無かったかのような様子。
「……う、ううん。何でも……ない……」
いってはいけないことのような気がして、言葉をにごしたけど……それに頭の中の整理もついていない。
その時、6時間目を告げるチャイムが鳴った。
「ほら、早くいかねぇと遅れるぞ」
押されるように教室に戻ったけれど、さっきの3人はとうとう戻ってこなかった。
授業中もさっきのことが気になって、何も頭に入らない……天凪くんは、何をやったんだろう……あの3人はどうなったんだろう。
「ちょっと待ておまえらぁ!」
ホームルームも終わって先生も帰り、みんなが帰り支度を始めた時、突然、天凪くんの大声が教室中に響いた。
みんな金縛り状態の中、1人スタスタと黒板の前にいく。
「おまえら、佳月を無視してたろ」
いきなり言った。
「今日で終わりだ、終わり。今から佳月は俺らの仲間だ。遠慮しねぇで話しかけていいぞ」
面食らった。
こんなことをしても、たいていは逆効果に終わることが多いはず……実際、あちこちからいぶかしげな声が聞こえる。
「なあ、原樹。それに黒居」
天凪くんがあの時トイレで聞いた声の女子の名前を挙げた。
「何よ、わたしたちが何したっていうの?」
「そうよ。あたしたち何もやってないわよ」
原樹さんと黒居さんがいった。
「哉村や菱貝に聞いたんだ。それにあいつらも、もうやらねぇっていってるぜ」
さっきの休み時間に天凪くんを呼び出して、まだ戻ってこない男子。
「うそでしょ! あいつらやめるはずが……」
「やめるはずがねぇんだよな……何を?」
「……そ、それは……」
「おまえら勘違いしてるぞ。佳月はなぁ……」
そういって天凪くんはツカツカ近づいてきて私の肩に手をかけ、いきなりほっぺたを軽くつねる。
「ほんとはこんなに気楽なやつなんだぞ」
「……え、う、うん……」
いきなりでどうしていいか分からずに、ひきつった笑いだけど、天凪くんに合わせる。
ちょうどその時、さっきの男子が教室に戻ってくる……見た目は何ともなさそうだけど。
「あんたたち、裏切ったわね!」
顔を見るなり原樹さんが叫んだ。
「裏切ったんじゃねえよ。こんなガキくせえことは、もうやめたっていってんだよ」
哉村くんが答える。
「どういうことよ!」
黒居さんが顔をひきつらせながら叫ぶ。
そんな声を無視しながら、3人が私に向かって歩いてくる。
体が強ばったけど、天凪くんが小さな声で『心配するな』と声をかけてくれた。
天凪くんが私から離れると急に心細く感じる。
ドキドキしながら待った。
他の人も成り行きを見守っている。
3人が正面にきた。
「……悪かったな、御小波。もう無視したりしないからよ」
「俺たち、お前みたいにすごい金持ちがうらやましかったんだ。ほんと悪かったよ。ごめん」
「でさぁ……虫のいいのは分かってるけど、これまでのこと許してくれないかなあ」
照れ臭そうに笑いながら話しかける言葉には、本当にそう思って私のことを受け入れてくれる気持ちが感じられる。
どういうこと? さっきまでとまったく違う彼らの言葉と態度……。
その時、みんなの周りをすり抜けていく、何か小さな光が見えた。
……ホタル?
天凪くんを見ると、かすかにうなずく。クラスに溶け込むには、今しかないっていってるように思えた。
「……ううん。私が、あんな態度取ったから悪いの。本当にごめんなさい」
私も思い切って本当の気持ちをいったとたん、クラスの人たちが集まってきた。その中の女子には泣いている子もいる。
集まってくれるなんて、入学式以来のこと。
でも、あの時と違うのは御小波グループのお嬢様としてじゃなく、私をクラスメートの1人として集まってくれている。
思わず涙がこぼれた。
誰かが『どうしたの』と尋ねてくれる。
「……嬉しくて……」
聞こえたかどうか分からないけど、それだけ答えることができた。