特別な人?
「あ、あの……」
「いいから。気にすんなって」
男子と女子が1人ずつ。名前も知らないし、話したこともないけど、天凪くんとよく一緒にいる。
「あ……その……」
「なんだ? 一緒はイヤか?」
そういいながら芝生にドカッと座る。
そんなことない……声をかけてくれたこと、すごく嬉しいけど……。
右側に座っている男子が、黙って足元にお弁当を包んでいた布を広げてくれた。
「あ、それちょうどいいね」
左側にいる女子がニコニコしているけれど、どうしていいのか分からなかった。何人かの人と同じように、利益になることを考えているんだろうか?
それとも……。
「ほら、パン握りしめてボーっとしてんじゃねぇ。さっさと座れ」
天凪くんの声で覚悟を決めた。
「……あ、ありがと……」
男子の敷いてくれた布に腰を降ろして、無言のままパンを口に運び、コーヒーを飲む。
「……あ、あの……」
女子が口を開いた。
「何?」
できるだけ慎重に答える。
「そのあんパンおいしい? ……そのパン、この学校でも有名なおいしくないパンなんだよ。罰ゲームなんかで買ってく人も多くて、メニューから無くならないんだけど……」
なぜか恥かしそうに、伏し目がちに話している。
「……私が買いにいく頃には、このパンしか残ってないの……」
「そ、そう……」
そういってまた黙り込む。
ふと見ると天凪くんは何も食べていない。もう食べ終わったのかと思って周りを見ても、お弁当の箱や、包み紙の類は置いていない。
「あ……仁狼ちゃんね、お昼食べないんだよ」
視線を悟ってか、女子が教えてくれる。
「食べないの?」
「おう。俺は朝と晩の1日2食なんだ」
「……それだと体が持たないんじゃ」
「生まれてこのかた健康そのものだぜ」
それは分かる。身長も170センチ以上はあるし、体格もガッチリしている。
「でもどうして?」
「知らねぇ。うちじゃとにかくそうなってる。それに体が慣れてるからしょうがねぇ」
そういって両手を挙げた。
「……ごちそうさま。……?」
お弁当を食べ終わるまでひと言も話さなかった男子が初めて声をだして、開いているかどうか分からない目で私のことが誰なのか尋ねているような素振り。
ひょっとして私のこと知らないのかな? まさか。2年や3年の先輩でもウワサ話をしているのを聞いたこともあるのに……。
「おう、順崇知らなかったか? 佳月のこといってなかったっけ?」
「まだだよ、仁狼ちゃん」
「悪い悪い……佳月だ」
私を指さしながら2人に伝える。
そういえば天凪くん、私の名前を呼び捨てにしている。
懐かしい……父さん以外は舞貴ちゃん以来のこと。今では母さんからも他人のように『佳月さん』なんて呼ばれているのに。
「こっちが順崇で、鈴乃だ」
「もお、仁狼ちゃん。相変わらずなんだから……」
鈴乃と呼ばれた女子が、困ったような嬉しそうな顔で天凪くんの肩をポンポンと叩く。
「神流原鈴乃です。仁狼ちゃんとは赤ん坊の頃からの知り合いなの」
「磐拝順崇」
「順崇とは幼稚園からのつき合いだ、どっちとも兄弟みたいなもんだぜ」
天凪くんが笑う。
「私……天凪くんと同じクラスの御小波佳月……」
本当は、御小波の名前は出したくなかった。また同じことになるんじゃないか……。
「……どこかで、よく聞く名前だけど」
神流原さんが少し首をかしげながら……知らないわけじゃないみたいだけど……。
「御小波グループってあるだろ、こいつの親父がそこの社長やってるんだってさ」
「うん。だったら大変だね。たしかお父さんすごくスケジュールが忙しい人だって聞いたから、あまり会話とかできないんじゃないの?」
心配そうに神流原さんがいった。一瞬、口先だけかと思ったけど……でも違う。本当に心配してくれている気配が伝わってくる。疑り深くなっている自分が恥ずかしい。
「……うん、ここ何年かは挨拶くらいしか……」
「え! ここ何年って?」
「家でもめったに会わないし、社交パーティーなんかに連れていかれた時も、対外的なフリだけ。
……ちゃんと家族とはうまくいってますよって……」
こんな話でさえ、つまらないニュースのネタになりかねないので、家の中のことはへたに口にしないように注意していたのに。たった今知り会ったばかりの人にこんなことを話すなんて……私自身に驚いた。
「あれ、そういえば神流原さん……あなたの名前、どこかで聞いたような気がするんだけど」
「え? そ、そうかな……」
私が言うと、戸惑いながら、視線をさりげなく天凪くんの方にチラチラと向けている。
「すぐバレるんだし、いいじゃねぇか?」
「う、うん。でも……」
「鈴乃は中学の頃から全国試験はずっとトップなんだ」
天凪くんが教えてくれた。
「! そうか、思い出した」
エレベーター方式とはいえ、これでも高校の模擬試験くらいは受けた。
その成績の順位発表の資料の中に、ずっと全国1位を守り続けていた女子の名前があった。
ある時、ローカルのマスコミが彼女を取り上げたことがある。
『天才少女の能力は?』などと銘討って大学の入試問題を解かせるだけのつまらない内容だったけど、中学生の彼女がほぼ満点を取るという信じられない結果だった憶えがある。
「あなた、あの神流原さん」
「そ……そう。でもそれ以外は普通なんだよ」
彼女は、どことなく寂しそうな目をする……ようやくこの3人が私を特別視しない理由が分かった。
普通の人と違う人、あるいは違わざるを得ない人が常に身近にいるせい。そう思うと、神流原さんは私と同類なのかも知れない。
「どこが普通だよ、人の3倍はトロいくせに」
天凪くんが呆れたような声を出す。
「……そういう仁狼ちゃんだって、普通の……」
神流原さんが何か言いかけてハッと口をつぐむ。言ってはいけない言葉をあわてて飲み込んだように思えた。
気になって尋ねようとした時、昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴った。
「おし、戻ろうぜ」
「あーあ。今日もお弁当食べ終われなかったよ」
神流原さんのお弁当には、まだ3分の1の量が残っている。決して器が大きいわけじゃない。むしろ小さい方なのに……。
「放課後、また食べ直せばいいだろ」
「……あれって恥かしいんだよ……仁狼ちゃん」
「気にすんなって。また見ておいてやろうか?」
「いらない。いらない」
そんなやり取りを、磐拝くんが細い目をさらに細めながら小さく微笑む。
その様子はすごくうらやましかった。おたがいに、ごく自然に、ちゃんと気遣いあっている……。
こんな友だちがいればいいな。
みんなが立ち上がって教室に戻る後ろに続く。
あ……忘れていた。
磐拝くんの敷いてくれた布に座っていたんだ。彼はもう歩きだしている。
あわてて追いかけて布を差し出す。
「い、磐拝くん。これ……」
「ありがとう」
私の方がいうべきなのに、逆にお礼をいわれた。
「……そんな、私の方こそ……ありがとう……」
最後の方はささやき声のようになる。
面と向かって本心でお礼をいうのは、あまりに久しぶりだったので、自分自身が気恥ずかしかった。