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新しい風  作者: 吉川明人
2/17

記憶と闇

 ……あれから1か月。

 今日も誰も私に話しかけてこないし、話しかけても誰も返事をしてくれない。

 原因は分かっている……。


 入学式から3日後のこと。トイレに入っていると、外から聞き覚えのある女子の話し声が聞こえてきた。

「……でしょ、あの『お嬢様』ムカツクわよね」

「そうよ。何? あの態度。『私はあなたたち庶民とは違いますのよ』みたいな」

「ちょっと御小波グループが大きいからって」

「ちょっと懲らしめてやらない?」

「ええ! 手え出したらヤバくね? 相手大企業なんだし」

「だーかーらあー、何にもしないのよ。何もしなければ文句言われる筋合い無いっての」

 はっきり名前が出たのはショックだった。

 あんな態度をとったから……そうすることで、そんな子から離れようと思ったことが仇になった。あれが私だと思われたんだ。

 涙がポロポロ流れた。


 次の日から、誰も話しかけてこなくなった。

 私が通るだけで会話は途切れ、これ見よがしに離れて行く。

 御子波グループの大きさがあるから直接何かされることはない。そう、何もされない。ただ邪魔もの扱いだ。

 他のクラスや学年にも変なウワサが流れているのか、遠くの方から珍しげに見られても、私が近づくとみんな引いていく。


 中学1年の時に、私はこれと逆の経験をした……クラスメートの1人を、全員で徹底的に無視し続けた。

 しかも、その相手は小学5年生で編入してきて、お金持ちの人の会話なんてぜんぜん分からなかった私に、何かと気を使ってくれた……唯一あの人間関係の中で心が許せたはずの……親友だった諏訪内舞貴すわうちまきちゃん。

 でも、舞貴ちゃんに話しかければ私を無視すると言われて……こわくてこわくて……どうしても話しかけることができなかった。

 あの時の舞貴ちゃんの暗い顔は忘れることができない。

 あれ以来、舞貴ちゃんと1度も話をしていない……ううん、親友なんて思っていて、何もしなかった私なんて……いまさら話しかける権利なんてない。

 だけど、今でもずっと、思いだすたびに後悔している。


 ただ、2年になってクラスが替わり、遠くのほうで私の知らない友だちと笑顔で歩いている姿を見た時、少しだけ救われたような気がしたけど……。

 こんな辛い思いしてたのね……自分がされて、初めて、これだけ苦しいなんて想像もできなかった。

 ゴメンナサイ……ゴメンナサイ……私、取り返しのつかないこと、してたんだ。


 チャイムが鳴り、先生が入ってきた。

「起立!」

 当番が号令をかける。

「よーし。休んでる者は手を挙げろ」

「せんせー、天凪まだ来てません」

「あいつ、また遅刻かよ……」

 そういえば天凪くん、よく遅刻して来る。たしか今日遅刻すると反省文をノート10枚書く約束をしていたはずだけど……。

 その時、廊下からすごい勢いで走ってくる音と、叫び声が聞こえてきた。

「うおおおおお……」

 ドドドドドドド。

 教室の前で足音はピタリと止り、勢いよく扉が開いた。

「セーフ!」

「バカモーン! 完全にアウトだー!」

 先生の怒号が響く。

 クラス中が大笑いする。

「頼む、先生。見逃してくれ」

「だめだ。しかし、言い訳だけは聞いてやるぞ」

「実は、今日こそ遅刻しないぞと思って、いつもより早く出かけたんですが、思いのほか電車が混んでいて、ちっとも動かなかったんですよ」

「そりゃあ朝はみんな時間が集中するから混むのは……オイ、電車が混むのは何も関係ないぞ」

「あれ、そうでした?」

「反省文15枚。今日中に提出!」

「先生、10枚のはずだろ!」

「つまらん言い訳のぶん、5枚おまけしてやる」

「うおぅ!」

 あちこちから笑い声が挙がり、ほんの少しだけ気持ちが明るくなったような気がした。

 ……でも、天凪くんでさえ私に話かけてくれない。入学式の日のことが嘘のように思える。

 時間とともに、私の心はまた沈んでいく……。


 昼休み。

 今日も1人であんパン2個をブラックコーヒーで流し込むようにして食べる。

 あんパンが好きなわけじゃない。人がいなくなってから学食にいくと、これしか残っていないから。

 本当はメイドさんがお弁当を作ってくれているけど、あんなの教室で広げる気にはならない。もったいないけど内緒で捨てている。

 味のことはともかく、おなかは空くから食べられるものを食べているだけ。空腹を癒してくれるなら、もう、なんでもいい。


 いつもどおりひと気のない場所を探すと、今日は少し寒かったせいか、中庭の陽の当たらないベンチが空いていた。

 私は牛乳が苦手。

 どうしてもあの匂いが我慢できない。小学生の頃にはずいぶん苦労したけど、高校生の今となっては懐かしい思い出。

 ……小学生といえば、まだこんなこと考えないといけないなんて思いもしなかった……。

 舞貴ちゃん今ごろ何してるのかな……。

 いつの間にか涙ぐんでいることに気づく。

 ここに来たのも、これまでと違った人間関係を作ることなのに。

 だけど……。

 やっぱりだめだよ。私が御小波グループのお嬢様なんてものであるかぎり、友だちを作ることなんて、できないよ……。

 人に見られないように下を向くと、またポロポロ涙がこぼれ落ちる。

 もう、あきらめないと……いけないのかな……。


「おーい。佳月! 1人で食べてねぇで、おまえもこっち来て、一緒に食べねぇかぁ?」

 ……誰か、私を呼んでる? 

「佳月ってばーっ!」

 この声は……天凪くん? 

 彼以外に2人、中庭の芝生に座って同じように遅いランチを取っている。

 どうして? みんなで私を無視しているんじゃ……。

「佳月ー。おーい!」

 叫びながら天凪くんがこっちに走ってくる。涙を見られないよう素早く拭った。

「おう。1人だったら俺たちと一緒に食べようぜ」

 ニヤッと笑って親指を立てる。

「あ、でも……いいの?」

「おう? なにが? 遠慮すんな」

 うむをいわさず私の背中を押して、待ってる2人の所へ連れていく。


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