気づいた恐れ
毎日毎日、学校が終わってから、休みの日には朝からずっと舞貴ちゃんのお見舞いにいって、帰りは車で迎えに来てもらう。
宿題は病室のテーブルを借りる。珠希ちゃん……やっぱりあの時遠くから見かけた子だった……も時々来て、私とも友だちになった。
天凪くんたちも合わせるといちばん多い時には7人で遅くまで話した……そんな中、これまで知らなかった私自身の事実を、いくつも知ることになった。
きっかけは帰りの車の中で、芳井さんがうっかり口を滑らせたこと。
ラジオから流れてきたニュースの中で、ある誘拐事件が無事に解決したことを知らせる内容だった。
「いやぁ、あの時も危なかったですからねぇ」
独り言じゃなく、明らかに私に話しかける口ぶりだった。
「え? あの時っていうのは?」
「あ……何でもありません。独り言です」
目に見えて動揺している。
「ひょっとして、私が誘拐されそうになったあの時のこと?」
「え! お嬢さん、ご存じだったんですか?」
運転中なのを忘れて、芳井さんが振り返った。
「いいえ、知らなかったから、かまをかけてみたんだけど……そうだったの」
「……あ」
芳井さんが運転席でぼう然となる。
「話してもらえますよね……」
驚いたことに私は小学生の時から中学卒業まで何度も狙われたことがあったらしい。
でもそれより驚いたのは、芳井さんたち3人と小佐田さんは同時期に雇われていて、今、父さんのボディーガードをしている小佐田さんが、実は私専属のボディーガードをしていたということ。
5年間ものあいだ、私に気づかれないでずっと守ってくれていた? それも、何度も誘拐されかかったところを助けてくれていた? 小佐田さんには悪いけど実感がない。
そして、高校に進学してからは、彼ら3人が気づかれないように、ずっとガードをしてくれていたなんて……。
「でも、どうして私が高校生になったら、入れ替わったの?」
「小佐田がいいだしたんですよ。これまでお嬢さんの行動はかなり限られていたので、1人でも何とか守ることができたけど、今後予測できる危険に対しては1人で防ぐことはできないって。
お嬢さんに何かあったら大変だと……それで、3人でたがいに死角を補える我々と交替したんです」
「そうだったの……」
「でもあいつ、本当は交替したくなかったはずなんですけどね……小佐田のやつ、お嬢さんのことが好きなんですよ」
「え?」
「あ……そういう意味じゃなくて、5年も守っていましたから、身内っていうか、妹みたいに思ってるってこと、以前に口にしたことありますよ」
「そうなの?」
そんな気配さえ感じたことはなかった。
「でも、今日お話ししたこと、聞かなかったことにしておいて下さいよ。社長から口止めされてるんですよ」
芳井さんがわざと情けない声を出す。
「どうして?」
「うーん。これも内緒ですよ……社長はお嬢さんを吾妻学園に編入されたことを、とても後悔されてたんですよ。自分の都合だけで、あんなところに押し込めてしまったと」
そんな……あの学校に入ることを強要した父さんが。
「……でも、高校を変わるっていった時は、猛反対したって……」
「ええ。猛反対していると聞いただけで、自分の意志を変えるなら、学校を変えたところで何の意味もない……お嬢さんの立場で普通の学校にいくとなると、これまで以上に苦労することになる……と。
ご存じないでしょうけど、社長はいつもお嬢さんや奥さんのことを気にかけられているんですよ」
「そんな……信じられない……」
「社長自身も悩んでますよ、家族のためを思って仕事ばかりを優先してしまったことが原因で、結局家族を犠牲にしてしまう形になってしまった……それもお嬢さんの心の成長するいちばん大事な時期だったのに、と。
気がついた時は遅かった、家族がバラバラになっているのは分かっているのに、どうやればまた元に戻せるのかが分からないと、よく話されます」
「本当に、父さんはそういっているの?」
「ええ。それを知っているのは我々3人と小佐田くらいじゃないですか。もちろんみんな、口止めされてますけど」
「どうして? いってくれれば……」
「何でも自分の力でやり遂げようとする、社長の性格ですよ。
お嬢さん、お父さんを誤解しないで下さい。ボディーガードなんてやってると、その人のことがイヤでもよく見えてくるんですよ。これまで色々な要人に雇われましたけど、世間じゃ色々いわれてますが、今の社長は守りがいのある人物です。そしてその方が大切にされている家族なら……」
芳井さんがそういった時、車が家に到着した。
「今の話、本当に内緒ですよ」
「……え、ええ。……芳井さん、教えてくれてありがとう……」
これまで遠くに感じていた父さんが、少し身近に感じられた。
それに私からも積極的に近づこうとしていなかったことに気づいた。時間はかかるだろうけど、母さんも含めて、また3人で昔のように話せるといいな……。
お見舞いを始めてから、気がつくと3か月が過ぎようとしていた。その間も舞貴ちゃんには何の変化も見られなかった。
早く、もとどおりの舞貴ちゃんに戻ってくれないかな……そうすれば……。
……!
……そうすれば、舞貴ちゃんは……舞貴ちゃんは私のことを思い出す。
みんなと一緒にイジメてしまったことも。
この3か月の間、なぜこんなにまでして舞貴ちゃんのところに通っていたのか……今思い返すと、なぜかそうしないといけないような、強迫観念を感じていたように思う。
……それは……私は舞貴ちゃんが治ることを恐れていた。
舞貴ちゃんが何もできないのをいいことに、彼女の世話をすることで、仲直りできたような気になっていたんだ。
本当の彼女の気持ちを知ることができないから、私は自己満足に浸っていた……ううん。それどころか、私は……舞貴ちゃんが治らないことを願っていたのかも知れない。
それに気付いた時、自分自身が心底イヤになった。
……それでも毎日病院へ通わなければならない。
もうすっかり日課になってしまっているので、まわりのみんながそのつもりで行動してくれている。今さらやめるなんていい出せない。
舞貴ちゃんの顔を見るたび自己嫌悪に陥った。これじゃまるで、舞貴ちゃんがイジメられていた時クラスメートに合わせて、何もすることができなかったあの頃のままじゃない。
またあんな思いを繰り返すことになるの?
……でも、でも……どうすればいいのか分らない。




