ボディーガード
その日は遅くまで舞貴ちゃんを囲んで福田さんと色々な話をして、舞貴ちゃんのことを教えてくれた珠希ちゃんのことも教えてもらった。
彼女も時々お見舞いに来てくれて、同じように福田さんと一緒に過ごすらしい……そのうち会えるかも知れない。
面接時間はとっくに過ぎているのに何も注意されないでいるのは『特別扱いだから……』だそうで、この病院を経営しているのがイジメの中心だった子の親だと、福田さんは顔をゆがめた。
「……それで佳月ちゃんは、車で?」
帰りがけに福田さんが尋ねる。
「いえ、自転車なんです」
「え? ダメよ! もう9時でしょ、普通の女の子でも危ない時間なのに、佳月ちゃんの場合もっと危険だわ。タクシー呼ぶから一緒に帰りましょう」
「大丈夫ですよ。私、襲われたことなんて、これまで1度もないですから」
本当にそう。ボディーガードなしで、これまで危険な目には1度も遭ったことがない。
「ダメダメ! その甘い考えが、大変なことにつながるかも知れないのよ。用心することに越したことはないわ」
「でも明日の朝、駅まで乗っていかないと……」
「そのぶん早起きしなさい」
そういって、私のおでこに指をチョンと当てる。
「はい。分かりました」
「それでよしっと」
お母さん……ううん、歳の離れたお姉さんにいい聞かせられている気持ち。たぶん舞貴ちゃんとも、こんな会話をしていたんだろうな。
2人で1階のロビーに降りる。非常口の緑色の明かりだけがともり、ガランとした人気のない場所。
あたりは、遠くの方からナースコールの音が聞こえるくらい静まりかえっていた。
「わあ、夜の病院のロビーって、怖いですね」
「佳月ちゃんは初めて見たの?」
「はい。入院はしたことないし、誰かのお見舞いなんて今日が初めて……」
タクシーを呼ぶために、公衆電話に向かった。その目の前に、何の気配も感じさせずに3人の人影が現われた。
「さがって!」
福田さんが、一瞬で前に立ちふさがる。さっきまでとは、まるで別人のような緊張感……迫力で、3人に向かって構えた。
「あ、いや……違うっすよ。俺らは……」
3人の内の1人が、両手を上げて微笑みかける。
「あ、あなたたち……」
3人とも見覚えのある顔だった。
「知ってるの?」
3人の方を向いたまま、念を押すように、福田さんがいった。
「はい。以前、父のボディーガードをされていた人たちです」
「ええ、今でも社長のところで働いてるっす」
両手を上げたまま、さっきの1人……山本さんが答えた。
後ろの2人……芳井さんと植野さんも、それにならって両手を上げている。
「それで、何のご用かしら」
福田さんが緊張を弛めずに尋ねた。
「お嬢さんの帰りが遅くなられたんで、永瀧さんにいわれてお迎えに来たんすよ」
「その永瀧さんは、あなたがここに来ていることは知っているの?」
背中を向けたまま、もう1度彼女が確認した。
「知ってます。今日のお花のお金も永瀧さんが出してくれたんですよ」
「だったら、あなたたちが怪しくないっていうことを、証明するものはあるかしら?」
「証明っすか? 身分証明書なんて紙っ切れじゃダメですよね。お嬢さん、携帯出してもらえます?」
「……あ、うん……」
携帯を取り出すと3人が右手を差し出した。
家で働いてもらっている人は、毎朝、目に見えない特殊なインクを手の甲にスタンプする。
そのスタンプが家中に仕掛けてあるセンサーによって、お客さん以外の人を見つけると、警備システムが働く仕組みになっている。
また外で出会っても携帯を使えば支払い機能と同じように確認できるパーソナルセキュリティシステム。実用化に向けて私の携帯もその機能が組み込まれている。
アプリを開いて御子波のロゴマークに合わせてパスワードを入力した。
「ここに手の甲をかざせば、間違いない人はちゃんと認識されて個人データが呼び出せます」
福田さんに渡す。防犯なんて聞こえはいいけど、結局、誰がいつどこにいたか監視しているようなもの……。
「じゃあどうぞ」
注意深く、山本さんたちの前にさしのべた。
3人は次々と手の甲をかざす。
「……山本さん、芳井さん、植野さんね……。ちゃんと出たわ。これ本当に信用していいのね?」
「大丈夫だと思います。父さんも使ってますし」
「いいわ。あなたたち、疑ってごめんなさい」
福田さんが構えを降ろした。
「いえいえ、急だったんで疑われてもしょうがないっすよ」
「今度から、脅かすのはやめてくださいね」
「申しわけないっす」
笑いながら山本さんが敬礼する。
「でも、俺らが本当に怪しい人物だったら、どうするつもりだったんすか? 3対1じゃ勝ち目ないのは初めっから分かってたでしょ?」
「佳月ちゃんを逃がす隙くらいは作れるでしょ」
福田さんがさらっといってのけた。
「おみそれしやした」
「……福田さん、スゴイ」
「ふふ……だから舞貴ちゃん専属なの」
そうか、福田さんはボディーガードを兼ねていたんだ。
「お嬢様、疑いが晴れたところで、そろそろ帰りましょうか」
無表情の植野さんがいった。
「それじゃ、わたしはタクシー呼んで帰るから、佳月ちゃんは送っていってもらいなさい」
福田さんが手を振りながら、もう、歩いていこうとしていた。
「ちょーっと待ったぁ! あんたもお嬢さんと一緒にお見舞いに来てた人っすよね?」
山本さんが呼び止める。
「そうだけど?」
「あんたには、ボディーガードなんていらないことはよーく分かったっすけど、永瀧さんから、もしお見舞いに他の人が来てたんなら、その人も安全に帰れるよう、送っていけっていわれてるんすよ」
「結構です。それより佳月ちゃんの方をしっかり送り届けてあげて下さい」
「まあそういわずに、車も2台まわしてきてるっす。このまま帰ったら俺が叱られます。助けると思って送らせて下さい」
山本さんが笑いながら頼む。
「分かりました。じゃあお願いします」
「へへっ、どーも」
3人に囲まれる形で駐車場に向かった。
「それじゃあ佳月ちゃん気をつけて」
「はい。福田さんも」
彼女は山本さんの運転する車に乗りこむ。私の車は芳井さんが運転する。
植野さんが自転車を押してやってきた。
「あ、私の自転車」
「わたくしがお屋敷まで運んでいきますので。ご安心下さい」
「あ、ありがとう」
それぞれがそこで別れたけれど、何も心配することなく無事に帰ることができ、そして私の病院通いが始まった。




