現れた光
高校の入学式が終わって、私たち新入生は新しく割り振られたクラスにそれぞれ散っていった。
私は1年D組。どこに座れとも指示が無かったので、窓際の席に腰をおろす。
この学校には、まだ友だちはいない。まだ……というより、昔から私には友だちらしい友だちはいなかった。
小学3年生の時、お爺ちゃんが経営していた小さな物流会社を父さんが引き継いで、経営方針を変えてから会社は飛躍的に成長した。
今では様々な業種を含めた巨大な御小波グループとして、日本はもとより世界中でその名前が知られている。
そのかわり父さんは家族のことに見向きもしてくれなくなった。
母さんも、初めは寂しさを紛らわせるためだったのだろうけど、宝石や服なんかにしか興味を示さない人になってしまっている。
どちらとも、もう長い間、会話すらしていない。
初めのうちは、たくさんの人がちやほやしてくれて嬉しかったけど、友だちや、それまで親しくしてくれていた近所の人たちからも特別な目で見られるようになっていくのがつらかった。
小学5年生の時には、巨額を投じて建てた今の家に引っ越したのを機会に、幼稚園から大学までエレベーター方式の、超お嬢様学園に転校させられた。
……その時から昨日までの5年間は、表面的なつき合いはできても、本音でつき合えるような友だちは……結局できなかった。
卒業を待って、エレベータ方式に進むはずだった学園を辞めて、ごく普通の……この公立高校に無理やり進学した。
父さんはやはり猛反対したらしい。
らしいというのは直接会って話したのじゃなくて、執事の永瀧さんを通じて私に伝えられたから。
そこで『次の世代の感覚を、実際に肌で感じ取らないで、企業の新しい発展はない』って、どこかで聞いたことのあるフレーズを、もっともらしく文章にして渡してもらうよう頼むと、数日後、父さんが許しくれたことを伝えられた。そのあたりは、一代で今の会社を築き上げただけのことはある柔軟な頭の持ち主だと思う。
ともかく、今、私はこれまでの5年間とかけ離れた状況にいることに変わりはない。
なんとなく外を眺めていると、周りにいる子たちの色々な会話が耳に入ってくる。
「……でさあ中学の時の大井曽ってサイテーでさあ」
「……昨日の晩、カレのトコいっちゃったの」
「……で、あのテレビ見たかよ?」
「……やっと義務教育卒業と思ったのによぉ」
何の話なのか、理解できない内容も多いけど、みんな本音で話している。会話の中にキレイ事や駆け引きが感じられない。
学校変えてよかった……。
あくまでうちの会社は新参なのに、世界的に急発展したことが癪にさわったらしく、同級生どうし毎日が見栄の張り合いと駆け引き……陰湿さや嫉妬心が入り交じり、どちらの親がより金持ちかで主導権が決まるなんて人たちから、白い目で見られ続けていたせいで、私は他人の感情に異様なくらい神経質になってしまった。
……そんな毎日がイヤでしょうがなかった。
知らない人しかいない孤独感の中にも、妙な安堵感を感じながら、窓の外に広がる風景……今の家の庭にも満たないグラウンドと、物置くらいの住宅が並ぶ、これまであまり見ることのできなかった風景をぼんやり見つめていた。
物流倉庫の2階に家族みんなで暮らしていた頃が懐かしい。ここでなら、本当の友だちができるかも知れない。
そう思っていた時、目の前に小さな光のかたまりが見えた。
なんだろうこれ?
手をのばそうとしたその時。
「おう! そうなのか?」
「きゃ! ……え?」
後ろから男子の大声がして、肩を軽くたたかれた。
振り返ると……やっぱり見たこともない男子。
同年代の男子とまともに話をするのは久しぶりだけど、どうして私に声をかけてきたんだろう?
そうなのかって、どういうこと? まさか私のこと知ってて声をかけてきたのかな?
「おう、悪い。驚いたか? すまねぇ」
その男の子は少し困った顔をして、親指を立ててニヤッと笑う。
「俺は天凪仁狼だ。誰だか分かんねぇけど、よろしくな」
「……あ、はい。こちらこそ」
私のことを知っていて声をかけたんじゃなかった。だけど、ここですぐに御子波と名のってしまうのは……。
振り返ったままその男子を見つめていると、近くに座った男の子にも同じように声をかけて自己紹介してる。
分かってたのじゃなく、誰にでも声をかけていただけ? それにしても、そうなのかって、いったいなんなの?
やがて男子の周りには、初めて会ったばかりのクラスメートが何人も集まり、他のクラスからきた昔からの友だちと思われる子も一緒になって会話がはずんでいる。
……うらやましいな。
でも、どうすればいいのか……誰にでも気軽に話しかければいいのだろうけれど……私には真似できそうにもない。
チャイムが鳴ってホームルームが始まる。男子の周りに集まっていた子たちも、自分の決めた席に散っていった。
自己紹介が始まり、とうとう私の番になる。
「み、御小波佳月です。よろしくお願いします……」
あまり詳しく知られないようにするためには、それだけ言うのが精いっぱいだった。
「御小波って、あの御小波グループと何か関係あるのか?」
後ろの方の席から声が上がった。
「あ、はい。父の……会社です」
「すげー。大金持じゃん」
「お嬢様じゃないの!」
口々に教室のあちこちから声が漏れるけど、そんな声を聞かないようにして席に座る。こんなことくらいで、以前のような人との関係に戻ることなんてないと思った。
ホームルームが終ると、今日はもう終わりのはずだったけど、クラスメートのほとんどの人たちに取り囲まれて、私は帰れなかった。
みんな次々と話しかけてきてくれて、とても嬉しかった。
友だちがたくさんできた気がした。
だけど……。
「御小波グループってすごいよな」
「小遣いどのくらいもらってるの」
「家から送り迎えとかしてもらってるの?」
舞い上がっていて気づかなかったけど、結局この人たちは『私』ではなく『御小波グループのお嬢様』を、もの珍しさで見物しているだけ。
何人かは、私に近づくことで利益があるんじゃないかという下心がまる見えだった……ずっとそういうところにいたから、その気配にはすごく敏感になってしまっている。
そんな人に対しては、これまで使ってきた態度で応対した。
もう、あんな人間関係はまっぴらだから。
このままこんな子たちと一緒にいると、またあの頃みたいになってしまうのがこわかったから……。
でも、それが間違いと気づいた時には、もう手遅れだった……。