憧れと空き缶
聖騎士さん主催の全ジャンル制覇企画、「T.G.C」参加作品……
のはずだったのですが、企画が終了となってしまいました。
ですが、予定通りの日付で予約投稿です。
私としては、この二回目までが企画のうち。
もうずっと前に諦めたけど、やっぱり変な気分だな。だって、今日大好きな人と、好きだった人が結婚するんだよ? やっと。
恥ずかしいから式なんて嫌だ。って、暴れてたお姉ちゃんが先日やっと折れた。皆でこっそり準備を進めてたのがバレちゃって、そこまでされて後には引けるかって、腹をくくった。真っ赤になってさ。私のお姉ちゃんは、女にしとくのがもったいないくらい格好良いんだから。お兄ちゃんも優しくて素敵で……本当にお似合い。
ふと視線を感じて隣を見ると、不安そうな目を向けられていた。
「まさか、ひょっとして妬いてる? 心外ね、そんなにあなたの妻は信用が無い?」
「いや、そんな事ないけど……。」
「大丈夫、愛してるのは望ちゃんだけよ。」
「望ちゃんって呼ぶな。どうした? 随分懐かしいじゃないか。」
そう懐かしい。結局私は望に負けた。やり方がズルイのよ、空き缶とか。そんな気無かったのにあれから気になっちゃって。幼馴染ってのは、色々分かってるから楽だったし、彼の傍は居心地良いんだなって思っちゃったのよね。
たぶん、あの頃は憧れてただけ。大好きなお姉ちゃんと、お姉ちゃんが大好きになった人に。だって格好良かったしね、そう、若気の至りってやつ?
ドレスよく似合ってる。綺麗だよお姉ちゃん、お兄ちゃんも……やっぱり格好良い。
◆
私、大垣和歌奈は苛々している。とにかく機嫌が悪い。理由? 自覚してるよ。お姉ちゃんの様子が変だから。
ウチはお父さんが死んじゃってて、お母さんは仕事ばっか。だからお姉ちゃんが家の事をほとんどやってくれてる。
私のお姉ちゃんは本当にスゴイ人。4つ上で高校生なんだけど、学校も家事も両立。おまけに、よく妙な事にはまってて楽しそう。写真も好きでさ、よくカメラ持ってフラフラしてる。そんなの私には無理。
けど最近、男の影がある。夕飯と一緒にお弁当作ってさ、夕方はそれ持って出てしばらく帰ってこないの。最初は面白いやつ見つけたって嬉しそうにしてたんだけど、最近は違うね。あれは恋する女。
あのお姉ちゃんが? 女子っていうよりそういう生き物みたいなのに? 本当に信じられなくて戸惑ってるから、今こういう状態な訳よ。
「やっぱシスコンだったんだな。」
「はっ?」
気が付けばいつも傍にいる男、滝川望はやっぱりそこにいて控えめに笑っていた。ちっちゃい頃から一緒だし、何か腹立たしいから望ちゃんって呼んでいる。だっていつも穏やかなのが、少しだけ嫌そうな顔するんだもん。
「そりゃ美晴さんだもん。いいなあ和歌ちゃんは、シスコンのしがいがあるよね? うちのチキン兄貴と交換して欲しいよ。」
大親友の為井理佐ちゃんは、お姉ちゃんの大ファンだ。何をしでかすか分からない自由な感じが良いんだって。私には何故そこまで入れ込むのか分からないけど、現金な事に妹としては悪い気はしない。けど。
「誰がシスコンだ!? ほらお姉ちゃん変だから、将来変な人と結婚とか嫌じゃん。面倒だし。」
「またまた。本当は心配してるくせに。」
「口と違って、大垣は優しいからな。」
「違うっての、私の将来を心配してるだけ。変な義兄なんか絶対嫌!」
でも杞憂だったんだよね。お姉ちゃんの撮った写真の中に特定の男の人がいてさ、格好良くてビックリ。年上っぽいし。その時は好きじゃないとか言ってたけど、今はもう絶対違う。
その写真の人物を見かけて、思い切って声をかけてみたんだけど本当に格好良かった。いきなりで戸惑ってたけど、嫌な顔してなかったし、ちゃんと話してくれたし、何よりお姉ちゃんを好きって言った。芳彰さんっていうんだけど、私の知らないお姉ちゃんを知ってた。
だから……この人なら仕方がないなって思った。悔しかったけど。
でもお姉ちゃん全然報告してくれなくってさ。もう皆知ってるのにね。で、お母さんが悪巧みよ。彼まで巻き込んでね。
計画はこう。彼デートの誘いに来るの。もちろん約束無しでいきなり家に。お母さんそういうの好きだからさ、もうノリノリ。帰すのは明日で良いとか言い出すし、親がそれでいいの? 彼も、お姉ちゃんも驚いてたもん。
それで完全に仲良くなって溶け込んじゃってさ、よく来るの。普通に。一緒にご飯食べたり、イチャイチャしたり。あれコッソリのつもりだろうけど、バレてるから。
それでね、お姉ちゃん怪我して病院運ばれた事があるんだけど、平気そうな姿に見て、へたり込んだんだって。連絡した人が詳しい話をしなかったらしくてさ。わざと。まったく、どうして私の周りってこんな人ばっかかな?
これ笑い話で聞かされたんだけど、私はスゴイなって思った。だって、やっぱりこの人は、お姉ちゃんを大事に思ってくれてるんだもん。
退院してからも、しばらく利き腕が使えなくて色々不便でさ、彼は当然のように来るのよ。あんまり仲が良いもんだから、私は『お兄ちゃん』って呼ぶ事にしたの。まったく、帰り際に玄関でイチャつくとか勘弁してよね、私の部屋すぐ横なのに。あれ気まずいんだから。それと、たぶん気付いちゃったんだよね。……好きなのかもって。
それが中1から中2の話。あれから3年……今は高2。相変わらず二人はラブラブで、私の周りには理佐ちゃんと望ちゃんがいる。
◆
もちろんそれは内緒。けど勘弁して欲しい、あの二人仲良過ぎ。割って入る余地無いじゃない。そりゃそんな気も無いけどさ、だって私、二人とも好きだし。
でも、だからこそ苛つくの。
「今日も機嫌悪いな。」
授業の間の休み時間、ふらっと来た望ちゃんがそう言った。
「今日もって何よ? そんなにいつも機嫌悪そうにしてる?」
「自覚くらい持てよ、特に今日は酷いだろ? で、帰り予定ある? 無いならどっかで遊ぶってどうよ?」
「どっかって?」
「ゲーセンでもカラオケでもいいし。」
望ちゃんは敏感過ぎる。何で簡単に見破ってくれるかな? こいつのこういうとこムカつく。何でいつでもお見通しなの?
今朝早くにお兄ちゃんが来た。何の用か知らないけど、当たり前のようにお姉ちゃんを連れてってさ、その当たり前って感じがもう。
お姉ちゃん大学から化粧するようになってビックリよ、美人じゃん。もちろんもっと上はいるよ? お姉ちゃんの友達とかモデルかよって感じだし。
前に、何でこんなのがいいのか聞いた事があるんだけど、スゴいやつだからって答えだった。知ってるから。
彼、お姉ちゃんと出会った頃イジケてたらしいんだけど、ちゃんとしなきゃって気にされたって。好奇心のちょっかいと、ダイレクトな指摘っていう迷惑な力業でさ。
ああもう、らしいなって、あの時は思った。でも今はちょっと違う。そんなのお姉ちゃんだから出来るんだよ。普通そんなにハッキリ物言えないよ? それに、口先の言葉だけじゃ変われない。
放課後は望ちゃんと理佐ちゃんとカラオケ。楽しく騒いで、時間が来て、延長せずに店を出た。ストレス解消のはずが逆効果。楽しい時間の終わりってのは余計に来る。
既に理沙ちゃんと別れ、望ちゃんと二人。公園そばの自販機で、何か飲む? って何よ、また何か気付いてくれちゃった?
「なあ、好きな人ってどんなやつ?」
「おーい、何いきなり訊いてくるかな?」
果汁100%のオレンジジュースとコーヒーを手に、半分埋まったタイヤに座るとそれは始まった。ちなみに私がコーヒーだから。
「為井から前に聞いてたんだ、好きな人いるみたいってさ。すげー楽しそうに言ってたから、ひょっとして変人?」
「何でよ?」
理沙ちゃんはお姉ちゃんの信者だけあって、面白ければOKっていう結構な性格だ。でも、何でばれてんの? 話してないよ?
「あー、えっと、好きじゃなくて、憧れ? そんな感じが良いんじゃないかな?」
「妙な言い方だな。」
「いいじゃん別に、望ちゃんには関係ないじゃん!」
「それ言われると辛いんだけど。」
彼は苦笑しながら溜息まで一緒に吐いて、次の言葉を捜していた。
「ひょっとして、好きになっちゃいけない人って事? 彼女いるとか、まさか不倫?」
何こいつ? 鋭いにも程がある。
「何で不倫よ? 何でそんな事訊くかな?」
私は頑張って平静を装い、一方彼は表現しにくい表情を浮かべている。笑ってるような、それでいて笑ってない。
「それは……しんどそうだから。」
しんどいよ、でもどうにもできないんじゃない。
「俺、そんなの見てるの嫌だし、それに……」
「しょうがないじゃない、私はあんな風にはなれないんだから!」
もう嫌、目頭が熱い。
「大垣?」
「だいたい何であんたがそんな事訊いてくるの!? そっとしといてよ、いつもいつも気付かないでよ! 変な気使わないで!?」
結局喚いちゃったその時、名前を呼ばれた。よく知ってる声でさ。
「和歌奈~、望くーん? 何してんのー!?」
「お姉ちゃん? それにお兄ちゃんも……何で今よ?」
間が悪過ぎて絶望的な気分だ。でも、望ちゃんがその場を救って……。
「今デート中だから、邪魔しないで下さいねー!」
くれてない! えっ、ちょっと何で!?
「そうなの? 分かった、じゃあね!」
年不相応に大きく手を振るお姉ちゃんは、彼に引きずられて消えた。手馴れたものだ。
「何でアンタとデートよ?」
私は涙を拭い悪態をつく。もう最低。
「状況的には変じゃないと思うよ? それより……。」
「何がそれよりよ、勝手な事言わないでよ、私帰ってからどうすんの!?」
でも複雑な笑顔の彼は、無視して思わぬ事を言い始めた。
「あの人なんだ? 確かに見た目は良いけど、無理なんじゃない?」
声のトーンがいつもと違う。
「あの人お姉さんしか見てないよ。けど相変わらずだね、今いくつだっけ?」
「21。」
「じゃあ彼氏さんは?」
「だから、何で訊くの?」
またあの顔だ、複雑な笑み。少し言い淀んだ彼は一つ息を吐く。そして。
「それは……。大垣が好きだから。」
「……何それ?」
その言葉を理解するのには少し時間が必要だった。でも、理解したら全てが繋がった。気が付けば傍にいるのも、細かい事に気付くのも、今日の不可解な言動もだ。
「何それと言われても、言葉通りなんだけど。何かつい勢いで言っちゃったけど。どーすんだ俺?」
「知らないよ。私こそどーすればいいのよ?」
「どうって、返事してくれれば……いやいい、まだ言うな。」
「は?」
「だって俺、振られたくないし。OKって返事以外はいらないからな。」
彼は残りのジュースを一気に飲み干すと、その缶をゴミ箱に放り投げた。見事に入ったのを確認すると、じゃあ帰るわ。と、勢いよく走り出した。
小さくガッツポーズしたのは見えたけど、顔は見てない。背中だったし、混乱しててよく分かんないし。とにかく彼が居なくなってホッとした。そして同じくらい寂しい。
もう、勝手な事言わないでよ。
不思議な事に少し嬉しかった。けどOKってほどじゃない……と、思う。
お兄ちゃんくらいの人でなきゃ、絶対付き合わない! なんて思ってたのに、今は揺らいでて嫌だ。
そうして考えてたら、辺りは暗くてコーヒーは空だった。だから私も投げてみたんだけど、縁に当たって跳んでった。
何よ、これじゃ格好良く見えるじゃない。
望ちゃんのせいで家に帰りたくない。なるほど、お姉ちゃんが報告しなかった訳だ。どうすればいいのか分かんないし、尋問も嫌だな。
それでも家に向かって歩いてたら、向こうにお兄ちゃんが見えた。最悪、今日は厄日とか?
「和歌奈ちゃん、帰り遅いよ?」
外灯に照らされた彼は、いつも通りの格好良い笑顔。でもお姉ちゃんの前じゃ違うって知ってる。今までウチにいたのかな?
お姉ちゃんと出会った時は家出中だったけど、今は実家。川の向こうだけど徒歩圏内。ちなみに医者の息子で医大生。本当、お姉ちゃん何者よ?
「そっちこそ、今から帰るの? またウチでイチャイチャしてた?」
「ご想像にお任せします。」
その苦笑は肯定だな、正直者め。
「ねえ、今日のご飯何?」
「ああ? ハンバーグ、美味かったぞ。」
「そっか、じゃあ帰る。」
「送ろうか?」
「いらない。何往復する気よ?」
「じゃあ、気を付けてな。」
「うん、お兄ちゃんもね。」
こういう会話嫌いじゃない。この二人は仲良くないと絶対嫌だ。良過ぎて苛つくけど、私はお姉ちゃんのご飯が食べたい。
今、やっと色んな事が分かった気がした。だって、私はお姉ちゃんじゃない。でも……望ちゃんへの返事は別物だよ?
またねって、手を振って別れた。お姉ちゃんみたいにさ、何となくね。さあ、帰ってハンバーグだ!