七章 思い出すあの日、あの言葉
「クウォード・エルゴ・デウス・コニューンスィト・ホモ・ノン・セパレート。ラテン語訳の聖書に書かれていますが、意味は、……」
「意味は?」
見上げるサナンの視線を感じながら、エナはすこしだけ目を伏せて唇を開いた。
「神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない」
「……!」
はっと目を見開いたサナンに、エナは悲しげに笑って首をかしげた。
「大佐には、あなた方のことはお見通しだったのかもしれません。それでも中佐は……」
「……その言葉にしたがって生きていたんだな」
言葉を継いだサナンにエナはこくんとちいさく頷いた。その表情をみながら、サナンはタバコの煙と一緒に震えるため息をついて、目を閉じた。
「そっか。結局、こんな細やかなことに気付かないのはいつも俺か」
悔しげに言いながら目を開いて、苦笑したサナンは、立ち上がってもう一度スラム街を見おろす。今度は見上げる形になったエナが首をかしげる。
サナンは空を見上げながらため息交じりにもう一度煙を吐き出す。
「中佐……」
「……」
タバコを吸ってもう一度吐き出したサナンは吸殻を落として踏むと、振り返った。その瞳にあるのは強い光。
「よし、帰るぞ、エナ。いつまでも浸っている暇は俺たちにはないだろう」
「……」
声の質が変わったことに首をかしげて見上げていると、サナンが片手を差し出した。
「俺にも、お前にも待ち人がいる――」
「!」
目を見開いたエナだったが、力強く頷いてその手をとって立ち上がると、サナンと並んでその場を立ち去った。
「お前達の事はグイードから任されている。ユルク、という子をこちらに一度よこすか、暇なときを聞き出して俺に教えて欲しいのだが……」
空いている時間にグイードの遺書に目を通しておいたのだった。グイードの率いていた部隊は解散させずに入れ替わりに人を立てると書いてあった。
「あいつから挨拶に行くと思いますよ」
「そんな奴か?」
「ええ。そういう几帳面なところは中佐にそっくりですから」
「なら、俺みたいに変ないさかいは起こさないな。頼まれているくせに俺が世話になったりするかもな」
肩をすくめながらそういうサナンにふんと鼻で笑いながらエナがちらりとサナンを見る。
「可能性はありそうですね」
「手厳しいな」
「それが私ですから」
しれっというエナの口調に少しだけ懐かしいものを感じながら、サナンはもう一本とタバコに手を伸ばした。
「何本吸うんです?」
「後一本」
そういうエナの口調は彼女そっくりだ。
ふっと笑いながらサナンは、遥か先に誰かが待っているのを見て笑みを深めた。
「あんまり遅いから迎えが来たようだ」
「それは、あなたの体では心配すると思いますよ」
呆れたエナの声に苦笑をして見せてサナンは足を速めた。
「……ああ、そうだな」
そんな声に、まったくだ、と頷くように暖かな風が背中を押す。
「サナン!」
フィルの声が聞こえる。
今行くといいながら、サナンはふと振り返ってポツリと呟いた。
「……じゃあな」
だれに向けたともいえないその声は晴れ晴れとしたものがあった。




