七章 思い出すあの日、あの言葉
そして、葬儀は粛々と行われた。
彼が洗礼を受けていなかったということもあり略式の葬儀になっていたが、人は途切れなく訪れた。
部下からサナンの知らない軍人、どこどこの居酒屋で世話になったと主張する中年男性、また、親切にしてもらったという老婦人など、さまざまな人が訪れていた。
そして、全てが終わり、埋葬され、人がまばらになった頃合いを見て、サナンは一人、とある場所に佇んでいた。
「……」
風がすえた臭いを運んでくる。
サナンは少し小高い丘の上に立ち、そこから見える雑多で粗末な小屋の群れを見ていた。
ここはスラム街。
グイードが物心ついてから、総帥に拾われるまで、住んでいた町。
ただ、黙ってそこを見下ろすぐらいのことしか出来ないサナンは、冷たい風に銀色の髪を遊ばれながらタバコをくわえた。
火をつけてふと、胸ポケットに突っ込んだままの万年筆を取り出した。
グイードのはエナのところに行ったそうだ。
そうフィルが泣きそうな顔で言っていたのはついさっきのこと。
この万年筆は、彼らの先生、大佐の願いだ。
青臭い、現場を見ている指揮官にしてはとても青臭い彼の願い。
『最後の課題だ』
卒業式を終えたばかり、軍服に身を包み、正装をした若かりし日のキースが腹に響く声で教室を見回す。生徒達には、彼の最後の生徒達の手には万年筆が一本ずつ握られている。
『今の世の中は、こんな万年筆一本も必要ない、それだけ戦いに明け暮れている世の中だ。だが、変えることはできよう。お前達の手でその世の中を変え、そして、その万年筆を使い物にならなくなるまで使い、退役しろ。それが、教官として最後の、そして大佐として士官学校を卒業したばかりの諸君に送る、最初の命令だ』
張りのある低い声は今でも耳に残っている――。
平和な願いを、という願いをサナンたち、つまりは、キースの最後の教え子に託したのだった。
それは、確実にサナンやグイード、フィルなどの、同期の胸に息づいている。
そして、それは、次代にも受け継がれている。
ふと、ペン軸に彫られている文字に目をやる。
今まで、あることは知っていたが、じっくりと見ることはしてこなかった。
「ドゥム……。スピーロー、……スペー、ロー?」
筆記体の単語を拾い上げて首をかしげる。
なじみない言葉ゆえに、意味がわからなかった。
「……息をしている限り、希望を持てる、という意味ですね」
そんな声に振り返ると、ベールをまとったエナが、そこに立っていた。
「え?」
「ラテン語の格言です。手を止めて深呼吸せよ。希望がわくだろう。とも解釈できますがね」
そういいながらゆっくりと歩み寄ってくる。
黒いベールに隠された表情は泣き顔か、それともただ静かな表情なのか、サナンにはわからなかった。
「どういう……?」
「死んだらなにも感じられなくなる。悲しみも、喜びも、生きているからこそ感じられるものだと、言いたいんでしょうね」
かすかに震える声でそう尋ねるサナンに、あくまで静かな口調でそういうエナ。そして彼女はサナンの隣に立って同じようにスラムを見おろした。
「あるいは、目の前に立ちふさがっていることから一度目をそらして、遠くを見ようと、いっているのかもしれませんね。その言葉は」
「……」
エナのどこか芯の通った言葉に、サナンはほうと息をついて、すとんとその場に腰を下ろした。
「中佐?」
「…………。グイードのは、なんと?」
呆然としたその言葉にエナはサナンの前にしゃがみこんだ。
涙をぬぐいまっすぐと前を向く凛々しい表情がそこにはあった。




