七章 思い出すあの日、あの言葉
「イアンは、そろそろか?」
「ええ。救った時点で早馬を出しておいたんで、もうそろそろ……」
といっている間に、外から規則正しい足音が聞こえて二人は顔を見合わせた。
「来たな」
「ええ」
がちゃと音を立てて外から入ってきたのは熊のような大男。
冬にもかかわらず日に焼けた顔をして、刈り上げた髪の色はリノと同じ色。
「おう、久しぶりだな、サナン」
「ああ。久しぶり、イアン」
一領主、というよりはたたき上げの軍人のような風貌の彼にサナンは肩をすくめる。
「で、どこほっつきあるってたんだよ」
そういう風に言う彼にサナンは深くため息をついてばつが悪そうにそっぽを向いた。
「すまなかったな。……」
「気にすんな。戻ってきてくれてうれしいよ」
その言葉にはっと顔を上げたサナンに、イアンは得意げに笑ってフィルと目で会話し、そして、リノを見た。
「おうおう、じゃじゃ馬はそこで寝てるか」
「死線でもすやすや。あなたによく似た、肝っ玉ですよ」
皮肉るフィルにイアンは苦笑を返してリノを抱え上げて笑みを深めた。
「変わりないシスコンぶりだな」
「うるせーよ」
サナンがそう茶化しながら、ふと思い出したようにポケットからなにかを取り出して抱えられているリノの腹の上においた。
「これは?」
「ま、見りゃわかるさ」
包んでいる黒いハンカチの隙間からのぞけるのは銀色。
大きさとその色から推測できたイアンが目を剥いてサナンを見る。
「お前」
「俺にはもう必要ない。持っててくれ」
「必要ないって、お前、軍部に復職したんじゃ」
「ああ。新しいものをもらえることになったんだ」
そう言って笑うサナンに、その意味に気づいたイアンが顔を引きつらせて口だけでマジでと聞いてきた。
「所詮俺は、逃れられないんだ。この運命から」
深い声にイアンは瞬きをして首をかしげる。
フィルはふっと穏やかな顔をしてうなずいてサナンの肩に外套をかけてやる。
そして懐中時計を見て顔を上げたフィルはイアンを見た。
「さ、そろそろ時間です。グイードの葬儀があるんですが、きますか?」
「いきたいのは山々なんだが、……な?」
時間がないんだという彼に、フィルが頷いて後ろに控えている従者を見て納得した色を見せた。
「逃走防止の従者ですね」
「ああ。ちょっと執務が滞っててね」
「そりゃ、妹が行方不明になって当たり散らしてたんだろう、お前のことなんだから」
サナンが腕に喪章をつけながら、そういうと後ろに控えている従者の何人かが頷いた。
それを見てフィルは笑みを深めて眠ったままのリノの頭を撫でた。
「まあ、これで安心ですね」
「ああ。すまんな、世話をかけた。後日、弔問という形で顔を出すから、そん時によろしくな。じゃあ」
一礼してイアンは外にでていく。
その背中を見送ってサナンは黙りこくったままそっとまぶたを落とした。
「リエンが言ってたとおりですねえ」
「は?」
目を開いてフィルを見るサナンに、笑って見せて、フィルは一歩、サナンの前に出た。
「待ってたのは俺だけじゃないって。あなたの帰還を、部下達は待っていたんですよ」
「……ああ」
「どれだけかかっても、なにがあってもあなたはあなたです。辛いからと一人で耐えなくて良いんですよ」
「……俺の痛みは俺にしかわからない」
「だが、分かち合うことはできる」
少し高いところにあるサナンの顔をまっすぐと見据えながらフィルが言う。
その言葉に、サナンが目を見開いて、フィルをまじまじと見つめる。
「さ、いきましょう」
そういって歩き出したフィルに、サナンは、ぐっとこぶしを握って奥歯をかみ締めると、そっと肩の力を抜くように息を吐いてその後に続いた。




