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Da sein―待ち人お嬢とやさぐれ貴族―  作者: 霜月美由梨
七章 思い出すあの日、あの言葉
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七章 思い出すあの日、あの言葉

 そして翌日。

 サナンが目覚めると軍服に喪章をつけたフィルが傍らに座っていた。

「起きたかい?」

「ああ。そこまで寝てなかったな」

「人並みぐらいですね。起きられます? これから葬式ですよ」

「……ああ。貧血もそこまでひどくない」

 体を起こして座り込み、自分の体を確認したサナンは眉を寄せて左肩を見た。

「そうだった」

「そうなんですよ。しばらく動かしたらだめですからね」

 三角巾を持ってきて首にかけてやるフィルがそう言って、隣のベッドに目を向けた。

「令嬢はそこです。昨日一度目を覚まして、グイードのことを話しました」

「そうか。すまないな」

「いや、……というか、まだ気づいていないようですよ」

「なにが?」

「旅人として守っていた人物と、あなたが同一人物であることを」

「……どっちっていってた?」

「シオン。ていうか、なんであなたとっさにシオンと名乗ったんです?」

 紛らわしいことをしやがってといいたげなフィルの顔にサナンは苦笑して動かせるほうの肩だけすくめた。

「さあ。俺もよくわからないよ。……一番聴きたくなかった言葉だったんだけどな」

「なにが?」

「シオン。……守れなかった、許せなかった惨めな自分を思い出すからさ」

「……」

 うつむきがちにそういうサナンにフィルがそっとため息をついてその肩に手を置く。

「それはもう昔の話だ。なんでだろうな。やっぱり一番呼びなれてたものだから? いや、あれが知らない名前ならば、なんでもよかったのかな」

 首をかしげながらそういう彼にフィルは呆れたように目を閉じて肩をすくめた。

「要は、ずるずる引きずってたって言うことですね?」

「……そうともいえるな」

 あっけらかんと頷くサナンにそれ以上言う言葉を見つけられずにフィルは肩に置いた手をどかして、窓を見た。

「時間、掛かりすぎです」

「……吹っ切るまでな。ここまで重い人間だとは思わなかった」

 タバコを取り出して器用にくわえたサナンがマッチをすって火をつける。ふわりと漂う紫煙にサナンは遠い目をする。

「場当たり的な対応は得意なのに一度考え込むとドつぼにはまるもんなぁ」

「どっちも目先のことしか見えてないんでしょ」

「そうともいえるな。……結果、この子にも辛い思いをさせてしまった」

 サナンがタバコをくわえ、ベッドに腰をかけると、そっとリノの頭を撫でた。触れられていることに気付かないリノの穏やかな寝顔に優しい笑みを浮かべたサナンは、目を伏せた。

「目一杯可愛がってあげるんですよ? テオから聞いたところ、ずっと待っていてくれたようですよ? 普通の令嬢ならばさっさと乗り換えをしてますよ」

「俺も、乗り換えられているかと思った。うん。このヤマ終わったらな」

 フィルの机に積まれている膨大な量の書類に目をやりながら、サナンがタバコを灰皿においてベッドに寝転がる。

「あーめんどくせー」

「めんどくせーことしたのはあなたですからね?」

 窓の外を見るのをやめたフィルが振り返り、そして、ふと思いついたように机の上においてある着替えをサナンに放った。

「着替えです」

「おう、ありがと」

 つっていた腕をはずして、何事もなかったようにシャツなどに袖を通していくサナンを見て、フィルが額を押さえる。

「傷開いても知りませんからね」

「大丈夫だって、って、いて」

「ばーか。貫通しているんですよ? 下手に動かしたら変な風に引きつって動かしづらくなるんですよ?」

「げ」

 袖を通したばかりの腕を、元のようにまたつったサナンに、深いため息をついてフィルは目を閉じる。

「……軍服で葬儀っつーことは、殉職なのか?」

 しばし訪れた静寂を破った問いにフィルはふっと目を開いて、瞬きをしながらうなずいた。

「僕がいろいろごまかしておいたんでぎりぎりそういう扱いになってますね」

「ごまかしたって」

 だから、あの書類の山か、と分厚い本を三冊ほど重ねたような高さの紙をみてサナンがしぶい顔をした。そんな顔を見てか、フィルは、かすかに笑いながら首をかしげる。

「あと、グイード直筆の告発書ともろもろの証拠品が遺書と共に見つかったので、ま、本当だろうなと信じてもらえたようで」

「遺書、か」

 タバコの火を消して立ち上がったサナンが、机のそばにいるフィルに机をはさんで向かい合った。フィルの手には一つの便箋。

「ええ。ま、差しさわりのない内容でしたよ」

 フィルが封の開けられた手紙をサナンに渡すと、サナンはにやりと笑って立ち上がって遺書をポケットの中に突っ込んだ。

「奴らしいな」

「あなたも準備してたくせに」

「あたりまえだろー。ほんと、どっちが死ぬかわかんなかったんだから」

 からからと笑いながらサナンは、眠ったままのリノを見やってそっとため息をついた。

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