六章 みとめるおもい。
テオはため息をついてその本について聞こうと一歩踏み出したが、本棚に隠れるようにだれかが身を隠しているのに気づいて苦笑をした。
「そんなに嫌いですか?」
「乳ミサイルは喰らいたくないからな」
肩をすくめて入り口側の本棚の影から姿を現せたサナンにテオは目を閉じた。
「乳ミサイルって」
「でかいじゃんあのおばぁ」
おばぁが差す人とはアーニャだろう。
確かに彼女は横にも縦にも大きい。
それゆえ人間戦車とからかう学生がいて、彼女から本の背表紙の唐竹割りを喰らうのは毎年の恒例行事になっている。無論、言いはじめたのはこのサナンであるが。
「そんな下品なことを口にしないでください。一応継承権は持っているわけですし」
「しらねーよ」
お堅いことをいうテオにぷいとそっぽを向くサナン。その様子にテオは笑って書棚に目を向けた。
「どこから入ってきたんです?」
「そこから」
自分の足元を指したサナンにテオは抜け道かと納得して額を指で押さえた。
「どうした?」
「なんで将官以上しか知らないこと、あなた方は知っているんです?」
「そりゃ、学年一、二、三の頭脳を持ってすれば抜け道のありかとからくりは解けるだろ」
事も無げに言うサナンに呆れながら、テオはもう一度書棚の抜けを確認してサナンに視線を送る。
「この書棚」
「ああ」
「本が足りません」
「……」
目配せを交し合った二人は頷きあって、サナンは隠し扉から書物庫を去っていった。
「あとで、ね」
テオはそうつぶやいて書棚を叩きまわって一周したあと床に積もっているほこりを掃き清め、軽くぞうきんをかけて終わらせた。
「終わりましたーって、君だけ?」
書庫の準備室、通称戦車小屋にはエナしかいなかった。アーニャは頼まれていた本の配送に出かけたらしい。
「はい。さっきだれか来ましたか?」
「話し声聞こえた?」
「ええ」
そう頷いたエナに特になにも返さずに、テオは古書の匂いを胸一杯に吸い込んで目を閉じた。
その顔には満ち足りたものがあるのが見える。
「本が好きなんですね」
「ああ」
うなずいたテオをまっすぐ見ながらエナは疑問を口にした。
「サナン中佐の部下ですよね?」
「ああ」
「なにを追っているんですか?」
「君に言うと思う? グイード中佐の部下さん」
「中佐はわたしたちになにも言ってくれません」
「だとしてもオレがあなたに教えてグイード中佐にチクらないとは限らない」
ちらりとテオがエナを見る。鋭い視線が交錯する。
「そういうことですか?」
「さあ? 君が思ったとおりに」
テオは閲覧のために配置されている机に腰をかけた。
「イスに座ってください」
「いいじゃん。……そうだな。オレからはなにも言えない。中佐に聞いてみることだ」
「秘密の部屋の女の子」
その言葉にテオの表情がすこしだけ強張る。
「私、知ってますよ」
「移動したんだろ?」
ひょっこりと顔を出すのはサナン。それを見てテオが血相を変える。今度は廊下側の抜け道から入ってきたらしい。
「あなたはいつもいつも……」
「ちょっとそこのお嬢さんに言い忘れたことがあってな」
言い募るテオを片手でさえぎると、後ろ手で扉を閉めてさっと周りに目を配って目を細めたサナンは眉を寄せた。
「どうしました?」
「外でシルヴが交戦中だ」
「え、扉の?」
「書物庫の外だ。おそらく総帥の手のものだろうな」
さらりというサナンの言葉にエナの顔色が失せた。
「なにを……」
「元からの確執が今、終わりを告げようとしている。もちろん、君はグイードが総帥の養子だということを知っているな?」
ちらりと青い瞳がエナを移す。エナは我知らず後ずさり背中に書棚が当たってようやく足を止めた。
「……そういうことだ。…………それ以上踏み込むなら君も俺と同じ目に遭う。グイードはそれを避けたいんだろう。部下になにも言わないということは。……あいつの気持ちを汲んでやってくれ」
それを言うとサナンは、これで用はなくなったと言わんばかりに外に出て銃を一度放った。すぐに騒ぎが大きくなる。
「……あなた方は一体?」
外の喧騒が届かない静かな部屋の中、エナの問いかけにテオが悲しげに微笑んで首を横に振った。




