六章 みとめるおもい。
そして、つつがなく迎える翌日に、つかの間の日常を感じてグイードは自分の置かれている立場を忘れそうになっていた。
「中佐」
呼び止める聞きなれた女の声。
振り向くとエナが本を持ち、事務仕事用のメガネをかけたまま駆け寄ってきた。
「走るな」
そういった矢先にエナがバランスを崩した。本が床に落ち、エナの体も崩れる。
思わず手を差し出して体で受け止めると、すっぽりと彼女の体がグイードの腕の中に納まった。
「あ、……ちゅ、中佐?」
「廊下では走るな。こうなる」
支えながら彼女の肩に両手を置いて覗き込むと、エナは真っ赤になっていた。
「足はくじいてないな?」
そう聞くとエナは真っ赤になった顔を隠そうとうつむきながらうなずいて、床に散らばった本をかき集めて自分の足で立つ。
「で、どうした?」
何事もなかったように首をかしげてみせると、エナは気分を落ち着かせるようにふっと息をついた。
そして、グイードを見上げて周りの目を気にするように口を開いた。
「あの、執務室の隠し部屋の……」
「ああ、あの子なら帰ったよ」
「帰った?」
「ああ、極秘に保護していた少女だからな。なにか用だったのか?」
逆に聞くとエナはしゅんとした様子で目線を下げた。
その仕草が子供じみていて、グイードは知らずに口元に笑みを浮かべていた。
「どうした?」
もう一度聞くとエナはポツリとリノと話をした時のことを話し始めた。
「ああ、そうか。なら、まあ、彼女に話しておくよ。後始末で俺はもう一度会わねばならない」
信頼する部下の一人に大嘘をついている、という罪の意識を感じながら、グイードはもっともらしくいうとそっと目を閉じた。
「そうなら、彼女も喜ぶだろう。食べるだけじゃなく、作る喜びを得られるようになればいいな」
「はい」
うなずく彼女に、まぶしそうに目を細めて見つめたグイードは、角から一人の人物が現れたのを見て姿勢を正した。
「准将」
「ああ、総帥が呼んでいる」
「わかりました。じゃあ、執務室を頼む」
「は。いってらっしゃいませ」
エナは、そう言って頭を下げてグイードが、角に消えていくところを見つめていた。
自分を見つめたグイードの表情がなぜか泣きそうだったのを不思議に思いながら。
グイードが准将と呼んだ男が去るまでその場に立ち尽くしていたエナだったが、廊下の先から押し殺された男の声が聞こえてきて我を取り戻した。
「どういうことだ?」
「オレとセシアさんの意見が一致してるんです。これはおかしい」
その声に引き寄せられるように角に移動して気配を消すとすこしだけ顔をのぞかせて声の主を探した。
「……詳しい話は執務室でだ」
話しているのは最近復職したサナンとおそらくその部下。
さっと彼らの後ろに人影がいくつか動いた。その手には刃物。それを確認した瞬間本を手放していた。
「危ない!」
思わずエナが飛び出して、腰に取り付けてある投げナイフを手にとり、二人の背後に投げていた。
二人は気配に反応して壁に体を寄せてそれぞれの得物を手にとっていた。
「っち」
人影は鋭い舌打ちの音を立ててナイフをよけると廊下を逃げていった。
「まてっ!」
エナが駆け出そうとすると、銀髪の男、サナンに腕をつかまれた。
「いい。大丈夫だ」
「ですが」
そういうエナに、付き人の長い金髪を一つに括った青年が、床に刺さったナイフをとって目を細めた。
「良いもの持ってるっすね」
「え、いや」
「すまんな。まず、礼をいおう」
エナの腕から手を離してサナンがそういった。




