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Da sein―待ち人お嬢とやさぐれ貴族―  作者: 霜月美由梨
六章 みとめるおもい。
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六章 みとめるおもい。

「で、どうして、列車にいる彼女がわかったんです?」

 薄暗い執務室。穏やかなフィルの声が響いた。

「どうしてもなんでもいいだろ。いい加減寝かせろ」

「こっちだって調書をとらなければならないんです。これから忙しいんですからこういう時にそういう証言を聞いておきたいんですよ」

 シオンの机を借りてメガネをかけたフィルが紙に手を動かしている。シオンはというと応接用のソファーに体を投げ出して寝転んでいた。

 ランプは机の上に置かれ、机から向かって右側にある暖炉は控えめな光を投げかけている。

「ほら、早く吐けば寝かせてあげますから」

 そうせかすとシオンは大きくため息をついたようだった。

 ソファー越しには彼の姿はソファーからはみ出た銀髪と長い足しか見えない。

「……」

 言おうか言わまいか迷っているらしい。

 この間のとり方にぴんと来たフィルが口を開こうとしたのと同時にシオンが勢いをつけて体を起こした。

「…………。聞こえたんだ」

「聞こえた? 悲鳴が?」

 言おうとした言葉を飲み込んでそう問うと、シオンはそっと自分の耳に、右耳に手をやって目を閉じた。

「こっちの耳にだ」

「え……。そっちって聞こえないんじゃ?」

 差された耳に驚いて立ち上がるとシオンがフィルを振り返って小さく笑った。

 その耳は聞こえない、耳になるべきだった皮とすこしばかりの軟骨があるだけだ。

 フィルの声音にシオンがふっと笑みを深めた。

「だから気になって追いかけた。そしたらあいつが荷物になっていたんだ」

「気になったって……。どう聞こえた?」

「本来聞こえる左耳のほうは、汽車の音を捉えて、お飾りのこの耳は、……そうだな。暗闇から浮き出てくるようにといったほうが良いだろうか。そんな感じにあいつの声だけが聞こえた」

 そう言ってシオンは眉を寄せてうつむいた。

 その時を思い出すかのような難しげな表情にフィルは話題を切り替えることにした。

 自然に手がずれてもないめがねのブリッジに伸びるのは癖になってしまっているのだろう。そう思いながら目を伏せる。

「まだ、聞こえないんですか?」

「これは一生もんだ。お前が言う遺伝性についても否定できない。というより、公にしたらたぶん俺は封じられる」

 自嘲気味に笑う彼の顔に目を向けると、眉を寄せて、そしてふと気がついた。

「無理してますね」

 その言葉に否定はせずにシオンは肩をすくめる。

 窓はカタカタと冬風に揺れる。

 その音を聞きながらゆっくりとシオンは口を開いた。

「完全に俺に戻った、いや、お前たちが知っている俺に戻ったわけじゃない。まだ、……まだ黒いところがある」

「一度汚れた紙は二度と真っ白に戻りません」

 そう言って立つと、フィルはシオンが座っているソファーの隣に立ってうつむいた頭に手をやった。

 かろうじて火が残っている程度の暖炉の光にメガネのレンズがキラリと反射する。

「そんなこと気にしないで。今のお前もお前なんだから」

 そう言うとサナンは小さく笑って肩をすくめて見せる。

 まきが爆ぜる音がとても遠い。

「すまんな。……でも、お前らが求めているのは昔の俺のほうだ」

「いや、そうでもないですよ? 今のあなたのほうが数倍おとなしくて手間がかかりません」

 しれっというフィルにシオンが半眼になってフィルを見上げる。

 フィルは静かに笑っていた。

「少なくとも僕は、あなたがここに帰ってきてくれてうれしいです。どんな形の帰還、あ、いや、死んでもって言うんじゃなくて、生きてここに帰って来てくれたのであれば、多少大人びていてもそれはあなたですから」

「……ああ」

「俺たちにはあなたしかいない。あなたを失った下官はだれを上官と仰げばいいのです?」

 シオンに笑いかけてフィルが仕上げと言わんばかりに、シオンの頭を軽く叩く。

「それに、こうやって考え詰めて本質を見失うなんて、あなたの得意なことでしょう?」

 そこがまったく変わってませんよ、というフィルに、シオンがはっと息を呑んで、それからすとんと肩の力を抜いてうつむいた。

 ふっと笑う気配――。

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