一章:裏切りと誠実の境界
「待ちなさいってば」
一人でわめきながら歩き、走ること数十分。
リノが突然足をもつれさせて転んだ。
「お嬢っ!」
とっさに駆け寄るヴェルフに支えられて立ち上がったリノがまた歩き出す。
「大丈夫ですか?」
「平気よ」
そういいながら眉を寄せ、歩みを進めるリノにテオは、感心したようにほうっと息をついた。
「なかなか根性のあるお嬢様だ」
そんな独語を聞くものはなく、四人は歩き続けていた。
シオン、リノ、ヴェルフ、テオの順で街道を進んでいく。
リノが片足を引きずっているが根性だけでシオンに着いていっていた。
うっとうしそうにシオンがリノをちらりと見て、黙らせろと目で訴える。
テオはそっと肩をすくめて両手を上げてできないというジェスチャーを送る。
「っち」
シオンの舌打ちが鋭く響き渡った。
「え?」
シオンは鋭く足を踏み込んで振り返り、リノの肩を軽く押した。
普通であれば踏みとどまって立ち止まる場面だが、そうではなかった。
「っく」
リノは踏ん張ろうとして後じさった右足に顔をゆがめてしゃがみこんだ。
「足をひねったんだろう?」
シオンがそう言いながら、しゃがみこんでリノの髪を引っ張って顔を上げさせる。
ぱんとリノの平手がシオンの頬をとらえる。白い頬に紅いあとがつく。
「……」
シオンは何事もなかったようにリノの履いていた靴を脱がせて日に焼けたことのないような真っ白い足を出した。
「ちょ、離しなさい、無礼者」
「黙れ、小リス」
髪の毛の色からだろうか。
いつの間にかガキからリスに変わった呼び名にテオは苦笑しながら、手持ちにある捻挫に効く塗り薬をとってシオンに渡した。
「……しばらく安静にしていることだな」
暴れるリノを押さえ込みながら塗り薬を塗り、包帯をきれいに巻いたシオンは、ちらりとヴェルフを見て立ち上がった。
「……え?」
「背負っていけ。それぐらいできるだろう」
そう言って、また何事もなかったようにシオンは歩いていく。
「……ヴェルフ様?」
「あ、いえ。さあ、お嬢、抱き上げられるのと背負われるのはどちらがよろしいですか?」
「……背負われるほう」
背中を向けたヴェルフにリノは乗って彼が立ち上がって高くなった視点であたりを見回した。
広がるのは緑など、とうの昔に枯れ果てた風景。
遠くには崩れかけた塔があり、近くには空の薬きょうが転がっている。
ところどころ地面が盛り上がっているのは霜のせいだろうか。
人が歩く街道は踏み固められて霜は降りている様子はない。
「ここって、戦争の時は……」
「激戦区として軍や、異国人の血が多く流れた場所ですよ」
リノの問いにテオが穏やかにこたえる。
今は平和そのものの国になったが、この国は五年前まで戦争をしていた。
「……ギルティアも、そうだったわね?」
「ええ。ギルティアは、数ある激戦区の中でも熾烈を極めたところ。町の半分は今も廃墟ですよ」
「え?」
「住人が逃げ出したんです。帰って来た住人もいますが、生き残った住人で細々と暮らしている田舎になりました」
戦前は商業の都市として栄えたギルティアという街も、いまやただの田舎の町になっている。
その言葉に、リノが不思議そうに首をかしげた。
「戦争に勝ったのに?」
「ええ。勝っても負けても儲かりませんよ、戦争は。人と金が消えるだけ」
「じゃあ、なんで?」
「さあ? 王意はなかったみたいです」
そういうテオの表情はどこかむなしいものを感じさせるものだった。
「軍部はただ動かされて殺しまわり、殺されまわっただけ。住人はただ巻き込まれ殺され、また傷ついただけ。甘い汁を吸っているのはむしろ貴族」
「な、貴族はきちんと徴兵にっ!」
「そうですね。でも、戦争でいくばくか儲かることもある。……わかりますか?」
「さっき、儲からないって」
言いかけたリノだったが、ヴェルフがリノの下から口を挟んできた。