五章:廻り始める歯車
――どれぐらい経ったのか。ひんやりと冷たい空気にこつこつと規則正しい足音が響いた。
「お嬢様」
落ち着いた青年の声がろうそくで照らされた石造りの部屋に響く。
「監禁しておいてお嬢様もないでしょ?」
憎まれ口を叩く少女がベッドに腰をかけて足を組んだ。
むっと黙り込んだ青年を険しい顔でにらむ少女の白い面にはただの怒りの表情しかない。
「たいした娯楽を用意できずすいません」
暖かい色に照らされた、冷酷さをにじませるその面は伏せられ、その表情をうかがうことができない。
「本当にそうね。で? なあに? ご飯ではないでしょう?」
リノがわざとらしく首をかしげてみせる。
そんなリノの仕草に困ったようにかすかに眉を寄せたグイードはすこしだけ、表情を緩ませた。
まるで、リノが虚勢を張っていると知っているように。
「ええ。でも、すこし茶菓子を。お茶もお持ちしました」
「一人で飲めと?」
さらにむっとして下からにらみ上げるように見ると、グイードは対して気にした風でもなく目を瞬かせた。
「ではだれと飲むのですか?」
さらりと白金色の髪を揺らしてグイードが首をかしげる。
澄ました顔のグイードににらむリノの眉も寄っていく。
「だれかよこして」
「女性が良いですか?」
「え?」
「男性が良いですか?」
用意するのは苦ではないと言いたげなその口調にリノがそっぽを向く。
ただ困る顔を見たかったのだ。
「女の人が良いかな。できる?」
「ええ、部下を用意しましょう。良いですか?」
「部下いるの?」
目を見開いたリノに、グイードはあきれたようにそっとため息をついて小さく肩をすくめた。
「ええ。彼女は少佐。わたしは中佐。一つ下の頼れる右腕です」
そう言ってかすかに微笑んだのを見逃さなかった。リノはまた眉を寄せて首をかしげた。
「恋人?」
素直に聞いたリノの言葉にグイードがきょとんとした顔を見せた。
まるで仮面をはずされた道化のよう。
しばらくグイードは言われた言葉を反復させるように瞬きを繰り返して、ぐっと眉を寄せてそっと顔を背けた。
「そんなものではありませんよ。彼女とは仕事上の部下であるだけ。……それだけです」
いつものように淡々とした声でそう言うと、グイードはそれだけ言ってまた部屋を出ていってしまった。
部屋を出てグイードは扉を閉めて片手で口を覆ってうつむいた。
震える吐息が押さえられた口元から漏れる。
あんな娘の言葉に動揺する自分の心に驚いていた。まだ、そんな心が残っているとは。
「中佐?」
やわらかい女の声。
その声にそんな感傷を振り払って、なにもなかったように手を離して立った。
そして、部屋に入ってきた女性を見た。おそらく表情はつくろえているだろう。
「どうした?」
そう尋ねると手に持った書類をさして、提出にとだけ短く答え、彼女はグイードの机にその紙の束を置いた。
おき終わったあと、なにかに気がついたようにじっとグイードのその目を見た。
たじろぐようにグイードの目がそらされる。
深い色の瞳に心の奥底まで見透かされるようだった。
「ほこりが」
そういいながらグイードの肩にふわりと乗っているほこりをつまみ、汚れをたたいて落とした女性は、首をかしげる。
小さく細い指の感触に目を細めそうになるのをこらえて、グイードはなにもないと首を振った。
そして、リノの暇つぶしのものを調達しようと、執務室であるこの部屋から出ようとした。
「お供します」
「いや」
「え?」
いつものように後ろにつき従おうとした女性を振り返りながら肩をつかんだ。
細くちいさな肩が手のひらに伝わり、いくら堂々としていても彼女が女性であることが感じられた。
「そこの部屋の住人がお前を呼んでいる。お茶の相手をして欲しいそうだ」
「ですが」
「良い。俺の命令だ。行け」
強めの口調で言うと女性はグイードから一歩下がって、一礼を返して部屋にある隠し扉を開けてリノの元へと下っていった。
その後ろ姿を、目を細めながら見送り、ため息をつくとグイードはどこかへと足早に歩いていった。




