一章:裏切りと誠実の境界
「おまたせしました」
そう言って出てきたヴェルフとリノにちらりと目を向けて、シオンは特になにも言わずに立ち上がって外に出た。
冬の冷たい風が、日常生活をまたはじめた村人のあいだを吹き抜ける。
「すいません。愛想が悪い人で」
「いえ、気にせずに。さあ……」
「ええ」
うなずいてテオは、ヴェルフとリノを先に出させてそれから自分も出た。
ふわりと外気にさらされて舞い踊るあめ色の髪。
室内育ちゆえの白い肌がまぶしく照る。
「さあ、こちらでございます」
慣れた様子で導くヴェルフと、振り返らずに先を行くシオンを見ながら、テオは目を伏せた。
「テオ」
シオンの呼ぶ声が聞こえて駆け寄ると、シオンはすっと前に目を向けて剣呑に目を細めた。
「あれは」
馬を駆るボロ布を身にまとった男達。
手には銃を持ち、シオンやリノを指してなにかを叫んでいる。
「ばれたな」
「どうします?」
「……あいつらをどこかに隠せ。俺が行く」
「でも」
「あんな素人に負けるか?」
「いえ」
首を横に振ったテオはそっと目を閉じた。
「どれくらいで片付きます?」
「十分で事足りるだろう。裏路地にでも行ってろ」
「わかりました」
そう言うとテオは、走り出したシオンの足音を聞きながらヴェルフに寄った。
「追っ手が今近くに。一度、裏に逃げます」
「わかりました」
うなずいたテオを先導して、裏に逃げるとリノが顔をゆがめた。
「なにこの小汚いところ」
「御辛抱ください。すぐに出ます」
そう言ってテオは、スラムのような街角を移動していった。
遠くから複数の銃声。
シオンが交戦しているのだろう。
「なんの音?」
「銃声です。大丈夫……」
「いたぞっ!」
後ろからしゃがれた怒声。
ぱっと振り返って片手に牛刀のような大降りの刃物を持った男達を確認。
テオは舌打ちをしてリノを左手で抱き上げた。
「ちょ、この無礼者っ!」
「辛抱ください。走ります」
片手で抱き上げたリノにそう言って、テオは空いた片手に投擲用のナイフを持ち、振り返った。
「ヴェルフさん。これ」
「はい」
うなずくヴェルフにリノを渡してテオは立ち止まって手を一閃させた。
先頭にいた何人かの男達がいきなり倒れ、後ろを走っていた男達もそれに巻き込まれて倒れていく。
それを見届けてテオはまた走り出してヴェルフの隣に追いついた。
「大丈夫ですか?」
「ええ。それなりの体作りをしていますから。……お嬢の警護も任されています」
「左様ですか。……どうやらあちらも片付いたようですね」
走る先にシオンがタバコをくゆらせて悠然と立っている。
それを見て笑ったテオは後ろを見て、すっと目を細めた。背後には男達が迫っている。
「後ろ頼みます」
「ああ」
言葉少なげなシオンの答えにテオは角を曲がって街道に出た。
背後から何発かの銃声が聞こえ、そして、シオンが走ってテオの隣まで来た。
「終わりだ」
「わかりました」
その言葉に走ることをやめて立ち止まったテオは、息を切らしているヴェルフと暴漢に追われたという事実に怯えているリノを見て首をかしげる。
「大丈夫ですか?」
息を乱さないテオに、ヴェルフは気丈にうなずいて、あやすようにリノをゆすぶった。
「お嬢?」
「……平気よ。私は」
震える声でそういったリノはヴェルフに降ろしてもらって歩き出した。
まだ膝は震えているが、歩けるだろう。
一つうなずいたリノをシオンは黙ってみている。
「なによ」
なにも言わずにわざとらしく目をそらされたリノはシオンの薄い色の瞳を見上げ、そしてにらみつけた。
「いいなさい」
「なんでもない」
そう言ってシオンが先を歩き出す。
早足の歩みに追いかけるリノも自然と走る形になる。
「待ちなさい」
「命令される覚えはない」
そう言いながら先を行く二人にテオとヴェルフはほぼ同時にため息をついていた。