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四章:約束

「……先輩」

 静かな声に顔を挙げるとテオが寝室におかれていたらしいスープの皿を持っておきてきた。

「おう、起こしたか?」

 ワインを傾けながら、テオを眺めやる。ゆらゆらと蝋燭が彼の影を映し出す。

「あんなところに皿置かれててもオレは食えません」

「そうだな。俺は出来るが……」

 皿を片手に起きだしてきたテオにシオンはグラスを置いて、自分の食事に手をつける。

「申請のほうはどうなってますか?」

「まだ。とりあえず、シルにフィルのところに行かせて、王都に入ったら申請できるように書類はそろえてもらっている」

 席についてスープに口をつけはじめたテオに、シオンはふと手を止めてテオの顔を見た。暖かい色の光でもわかるぐらい、彼の顔色は悪い。

「顔色は悪いな。……食欲はあるのか?」

「ええ。吐き気もないんで平気ですよ。疲れがたまってるってかんじですか? オレも年取ったな」

 素直にそう聞くと、苦笑交じりの言葉が返ってきて、シオンはそっとため息をついた。

「だってもうそろそろお前は三十だろ?」

「ええ。そんなこといったらあなたも三十ですよ? 二歳しかかわんないんだから」

「まあな」

 笑いながらシオンは、ワインのボトルを持ってきた男にチップを握らせて退室させるとグラスに口をつけた。

「オレのは?」

「お前はだめだ」

「ぶー」

 親指を下に立ててそういうテオに呆れたようにため息をついて、シオンはカーテンの閉められていない窓を見やる。

「もうそろそろ机に縛られる年齢だ」

「……そうですね。でも、あなたは満足しませんよね?」

「ああ」

「オレたちの憂いはいつ消えんでしょうね?」

 そっぽを向いてそういうテオに、シオンは首をかしげて苦笑するように笑う。

「俺が隠居するか、伯爵を継ぐか、それか、死んだらだな?」

 食事を口にしながら冗談めかしていうシオンにテオがにらむように彼を見た。

「先輩」

 不謹慎だといいたげなテオのその表情に、シオンは肩をすくめて窓の奥の闇を見据えて静かに笑った。

「それでもまだ俺にはやらなきゃならないことがある。兄を支えなければならないし、軍にだっていなければならない」

「だからおとなしくしててくださいよ」

「おとなしく出来ないからわざわざ下院のスクールに入ったんだろ」

「……」

 パン粥を食べる手をやめて呆れ交じりのため息をついたテオを見て、シオンは胸ポケットからタバコを取り出して燭台の蝋燭で火をつけた。

「タバコ、そこでつけますか?」

「ちょうど火があるんだ。べつに良いだろう」

 目を細めてタバコを深くふかすシオンにテオがちいさくため息をついて小さく笑った。

「で? ご帰還の予定は?」

「そうだな。ベルグをでたらとするか」

 シオンの口調にテオがにやりと笑う。シオンもそのテオの表情を見て懐かしそうな表情をしていた。

「おそらく、明後日、三日後にはばれるだろう。そのときは俺が囮になるからお前はフィルのところに行け」

 切り替えるように表情を引き締めてテオを見たシオンを見返しながら、テオが一つ瞬きをして、首をかしげる。

「フィル、中佐の?」

「屋敷に転がり込め。一応、シルヴにあいつにコンタクトを取ってもらったから、おかみさんあたりも協力してくれるだろう。最善はあいつを守ることだ」

「了解です。……シルヴって、どういうことです? 一応あなたの部下ですが、今は……」

「フィルの部下だわな。……戦いののろしは上げられたんだ」

「のろし……?」

 いきなり飛ぶ話についていけなくなったようにテオが眉を寄せる。その表情をみてシオンがタバコをくわえながらにやりと笑った。

「ウェスナが爆破された。町全体に爆風かおよび死者行方不明者ともに把握不可能。シルヴは無事らしいが、家がやられたと報告があった」

「嘘ですよね」

 にわかに信じられないその言葉に、残念ながらといったようにシオンが肩をすくめる。

 朝まで無事だったはずなのにと、絶句するテオを見てシオンは剣呑に目を細めた。

「本当だ。おそらく、あいつら、の犯行だ。……たぶん俺に罪を着せるつもりだろう。この宿には俺の名前で記名しておいた。抜かりはない」

「抜かりって……。またあいつら」

 呆れ混じりのテオにシオンがふんと鼻を鳴らしてタバコの灰を落とす。

「そういうことだ。たかが邪魔な一匹落とすためにここまでのことをするんだ。俺はそんなことを許しておくつもりはない。……王族の血が流れているものとして、この国を治めるものとしては、こんなことは合っちゃいけない」

 テオにそう語るシオンのその表情には凛とした気高い雰囲気が漂っていた。

 まっすぐとテオを見つめ、シオンがタバコをテーブルの角に押し付けて火を消して灰皿に投げ入れる。

「行くぞ。セオリア」

 鋭さと激しさが入り混じった、懐かしい出撃を促すその声にテオはうれしさに顔がゆがむのを唇をかみ締めてこらえながらうなずいて姿勢を正した。

「はい」

 心底うれしそうな、そして、だれよりも信頼できる部下の力強い声にシオンは静かに笑って立ち上がりそして、部屋を出て行った。

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