その8 ツンは謎めく
「ツンくん!」
ハナは勢いのまま、喫茶店の裏口を開いた。が、何故かそのまま静かに閉じてしまった。何故だろう、と塔野が不思議に思って見ると、ハナはとんでもなく青ざめた顔をしている。
「ど、どうしたの?」
「……あ、あれ」
そう言って指差す先には扉の隙間が。そこを覗くと、ツンと、明らかにアッチ系な黒服のいかついお兄さんたちが対峙していた。
「え、えええ!? ど、どうしよう?」
「どうしようも何も、私たちじゃどうにも出来ないでしょう?」
「だ、だけど……なんかツンさんヤバそうだよ?」
「うん……あんな怖そうな人たちを相手にして物怖じしてないツンくんが格好良すぎてヤバいわね」
「そっち!?」
「オイ」
「ひっ!」
突然扉が開きサングラスをした男の顔が出てきたため、塔野は驚きの余り尻餅をついてしまった。
「何見てんだ?」
「す、すいません! ……何でバレたんだろう?」
それはもちろん、こんな状況にも関わらず大声で漫才みたいなことをしていたからである。
「ちょっとお前ら来い」
そう言って黒服は塔野とハナを掴んで引っ張り、部屋の中へ引き込もうとする。二人は反抗するが、いかんせん力では敵わない。
「はわわわわ」
「キャー! 助けてツンくん!」
「……なんかハナ、嬉しそうじゃない?」
「そりゃあ悪者に捕まる美少女とそれを助けるヒーローっていうのは、誰しも憧れるものだもん!」
「いや、そんな場合じゃ……」
言っているうちに喫茶店の中に引っ張りこまれた二人。黒服は、別の黒服と話していたツンの方へと近づいていく。
「アニキ。ガキが二人、こっちを覗いていやがったんですが」
「ん? おお、塔野とハナじゃねーか。あ、そうだそうだ、呼んだの忘れてた」
「アニキ、お知り合いで?」
「知り合いも何も従業員だよ。つーかアニキって呼ぶのやめろ」
ツンはごく普通に会話をするが、塔野とハナはわけがわからず目が点になっている。
「んじゃまぁ、これで話は終わりだ。客も怖がるしもう帰れ」
まぁ客はいないのだが。
「わかりやした、アニキ」
ツンは相も変わらずアニキと呼び続ける黒服に嫌気が差しつつも、もう面倒だったので帰らせた。
「……えーっと、ツンさん。これ、どういう状況なんでしょう?」
「……まぁなんだ、座れよとりあえず」
ツンは二人を促し、席につかせる。そして『待ってろ』と言って厨房へと消えてしまった。
どう考えても何かを隠しているツンを不審に思いつつも、今はどうしようもないので、塔野はとりあえず待つことにした。ツンが話してくれるのを。
しばらくすると、ツンが何かを運んできた。
「ほらよ。ミラノ風パフェだ」
「……どのへんがミラノ風ですか?」
「雰囲気だよ」
「うん! こ、これミラノ風な感じがしますわ!」
「だろ? ハナはよくわかってる」
「わはぁ……ツンくんに誉められたぁ」
塔野は『何でもありか』とため息をつきつつパフェを一口、口に運ぶ。アイスと生クリームと苺の味が相まって美味しい。ミラノ風パフェというか、ただのいちごパフェである。それが美味しくて止まらないわけだ。言いたいことはわかるだろう。
「……んでまぁ、さっきのやつらのことなんだが」
ツンが急に話しかけたものだから塔野は思わずパフェを食べる手を止めてツンの方に向き直る。いちごパフェが止まらないことはないようである。
「お前らは何も気にしなくていい。あれは俺と小夜の事情なんだ」
「ツンくんと小夜ちゃんの情事!?」
「ハナ、ちょっと黙ってて」
「で、でも」
「いいから」
「うううう」
とんでもない勘違いをしているハナを制して塔野は真剣な眼差しでツンを見つめる。
「僕はほんの2週間前に来たばっかりだし、ただのしがないバイトですけど……僕はこの店が好きだし、皆さんが好きです!」
塔野が連続ドラマの最終回の如く熱弁をふるう。
「店長は怖いし、ツンさんも怒ると怖いし、ニコさんも何か怖いし……」
怖いやつばっかりだな、とツンは思うが言わない。言っていい雰囲気じゃなかったから。
「ハナも怖いし、草太さんは全然知らないけど!」
が、最終回っぽいけどこれが最終回だったらひどいな、とツンは思い直した。
「僕はやっぱり、皆さんが好きです。だから、悩みがあるなら話してほしいです!」
「塔野……」
ツンは髪をかきあげ、小さく笑う。
「ありがとな。なんか気が楽になったよ」
「ツンさん……!」
「そんじゃまぁ、今日も頑張っていくぞー。客が来たら、の話だけどな、はっはっはっ」
わざとらしく爽やかに笑うと、ツンは厨房の方へと向かおうとする。
「……え?」
「ん?」
「えっ、話してくれないんですか?」
「うん」
「……えぇー……せっかくいっぱい喋ったのに」
「だからこれは俺と小夜の事情だから」
「な、ツンくんと小夜ちゃんの情」
「ちょっとハナは黙ってて!」
結局ツンは教えてくれませんでした。