その6 花屋おとずる
扉を開くと、そこは異世界だった。ファンタジーな意味ではなく。
「ふわぁ……すごいなぁ」
塔野は思わず感嘆の声をあげていた。それもそのはず。とんでもない数の草花が周りを取り囲んでいたのだから。
「これは花屋さんというより……植物園?」
「……お兄ちゃん? 戻ってきてるの?」
「うわぁ!」
ふと、どこからともなく少女が現れ、それに驚いた塔野は思い切り尻餅をついてしまった。しかめつつ顔をあげると、そこにはあどけない顔をした中学生らしき女の子が。
「……あなた誰?」
「え、ああ。塔野大志って言います。喫茶店の方でバイトしてて」
「あぁ、そうなの。まぁどうでもいいけど」
「は、ははは……」
あまり上手く作り笑いも出来ず、視線の置き場所に困った塔野は少女の体を見ていた。
これは150センチもない。つまり普通にしゃべれる! 怖くない!
思わず塔野がガッツポーズをすると、それに反応して少女がビクリとした。
「な、何よあんた急にガッツポーズなんかして。びっくりするじゃない」
「あぁ、ごめんね」
そう言って『あはは』と笑う。自然体である。塔野が自然体でしゃべっている。こうしていれば爽やかな中学生にしか見えない。いや、実際は高校生なのだけれども。
「で、あんたは何しにきたの?」
「へ? あ、何かしに来たというか、逃げてきたんだよね。店長とニコさんから」
「なるほどね。あんた小さいから小夜ちゃんに好かれそうだもんね」
「なっ……!? キミには言われたくないよ! 僕より小さいくせに」
「はぁ!? あんたのが小さいわよ! 大体なんで中学生がバイトしてんのよ!」
「な! 僕は高校生だよ! キミこそ中学生のくせに偉そうじゃないか!」
「私も高校生よ!」
「えぇ!? 到底高校生には見えない!」
「それはこっちのセリフよ!」
会っていきなり喧嘩を始めた二人はしばらく視線を交錯させて火花を散らしていたが、やがて互いにそっぽを向いてしまった。
「ふん。いいよ、もう僕は出ていくから」
「勝手に出ていってちょうだい……ってそっちはダメ!」
「へ?」
塔野が外へ出ようと草をかき分けたとたん、ぬるりとした感触を手に覚えた。不思議に思って顔をあげると、大きな大きなお花が、そのお口を開いて塔野くんを待っていたのでした。
「うわわわわ! な、なにこれ!?」
「ウツボカズラっていう食虫植物なんだけど、なんか大きくなりすぎちゃって。あ、その液体、触ってたら手が溶けるわよ」
「えぇ!? 早く言ってよ!」
「すぐに処置すれば大丈夫よ。こっちに来て。やってあげるわ」
「あ、うん」
少女が慣れた風に草をかき分けていくので、素直についていく塔野。しばらく歩くと、木製の扉が現れた。取っ手を回して少女が扉を開き、塔野に手招きする。
「さ、入って」
言われるままに中に入ると、そこは小さな小屋のようだった。小さなテーブルと椅子が2つ、そしていくつか物が置いてあるだけの空間。
少女は救急箱を取り出し、消毒をしたり包帯を巻いたりと手際良く処置を施していく。それを見て塔野は感心するばかりであった。
「すごいね。こういうこと慣れてるの?」
「まぁね。自分によくやってるから」
「自分に? ……何かスポーツでもやってるの?」
「違うわよ。日常生活でケガするの」
「ふぅん……」
塔野はとてもこの少女がそんなにドジには見えなかったが、不思議に思いつつも頷くしかできなかった。本人がこう言ってるんだし。
「そういえばまだ名乗ってなかったわね。私は花瀬 華。ハナでいいわ」
「あ、うん。僕は」
「塔野くんでしょ? さっき聞いた。えーっと……とう……とーちゃんって呼んでいい?」
「絶対いやだ」
「だよねー。じゃあ塔野でいいや」
「呼び捨てかよ」
そう言って二人とも小さく笑った。
口は悪いけど、割と普通でいい人だな、この子。
残念ながら、そう塔野が思ったのはこの時だけであった。
しばらく二人で会話をしていたところ、唐突に扉が開いた。
「おい塔野いるか?」
「あ、ツンさん!」
そこにいたのはツン。どうやら塔野を迎えに来たようである。ツンが視線をハナに向けると、ハナとバッチリ目があった。
「お、ハナもいたのか。塔野が世話になったな」
「い、いいいいえ! 滅相もございませんわよ!」
「え?」
塔野は思わず目が点になった。さっきまで普通にしゃべっていたハナが、突然謎のお嬢様キャラに変わってしまったのだから。しかも声がかなり震えている。お嬢様(南極ver)といった感じであろうか。マニアックである。
「お前、本当しゃべり方独特だよな」
「そ、そんなことございませんわ! あ、そうだ、こ、この薔薇をツンくんに差しあげようと思いまする」
そう言いながらハナは近くに飾ってあった薔薇を一輪抜き取り、その茎を思いっきり力強く握って、ツンの方へ差し出した。が、ご存知の通り、綺麗な薔薇にはトゲがあるのである。
「どどどどうぞ!」
「おお、ありがと……いや、血が出てる。すごい出血してるぞ」
「あら、あらあらあら! 大変だわ! 塔野、救急箱を」
「え? あ、うん。どうぞ」
塔野が救急箱を渡すと、上手いこと自分に処置を行う。なるほど、これは処置も上手くなるな。そう塔野はどこか納得していた。
「ありがたく薔薇はもらっておく……って茎まで真っ赤じゃねぇか。怖いなこれ」
「そ、それを私だと思って下さい!」
「いや……確かにお前の血でまみれてるけどさ。まぁいいや、もらっておく。そんじゃま、帰るぞ塔野」
「あ、はい」
ツンは血で全体が真っ赤になってしまった薔薇を恐る恐る受け取ってから、塔野を呼んだ。塔野はハナにかなりの違和感を感じつつも、ツンのいる扉の所まで歩き、ハナの方を振り返った。
「えーっと。それじゃね、ハナ」
「あ、うん。バイバイ塔野」
「じゃあな」
「ひゃい! さ、さようならツンくん!」
……やっぱり何かおかしいよなぁ。そう思いつつも塔野はツンとともに喫茶店へと戻っていったのだった。