その2 厨二あらわる
「あの、この前はすみませんでした」
「いや、気にするな」
「……でも、バイトの面接に来たのに忘れちゃって」
「まぁそういうこともあるだろ」
「ああ。私らだってあんな小さい奴がバイト希望者だとは思わなかったしな」
「小さくないですってば!」
頭の上に置かれた手を振り払おうとしているのは、この前の黒髪の少年。バタバタと暴れるが全く意味を成していない。
それでもなんとか女性の腕を掴むと、目を潤ませながら言った。
「あ、あのですね、実は僕、背の高い女性がちょっと苦手というか……だからその、あ、あんまりいじめないで下さい……うぅ」
「……な」
「な?」
「なんだこいつはっ!」
「ひぃ!?」
「可愛すぎる! 持ってかえる! 晩御飯にいただく!」
「待て。いろいろと待て」
ツンの冷静なツッコミにも聞く耳持たず暴走する女性から逃げ出そうと、半泣きになりながら必死にもがいた少年は、その勢いで転んで廊下に飛び出てしまった。すると、その先には今度は身長160センチほどの女性、といっても高校生ぐらいの少女が立っていた。
「あっ、大丈夫?」
「あ、だ、大丈夫です! すみません!」
「別に謝らなくても……ってうわっ! 何この子可愛い! 店長の娘さんですか!?」
「ニコ……オマエには私がそんぐらいの娘のいる年齢に見えてるのか、オイ」
「あ、いや別にそういう意味で言ったわけじゃ……ただ可愛い子だったもので、つい」
「まぁたしかに可愛いのはわかるが」
「いやさっきから可愛い可愛いって、僕は男ですってば!」
「僕っ娘キタコレ!」
「谷中、うるさい」
そのやりとりを見て、店長と呼ばれた女性は右手で頭を抱えるような仕草をしてから言った。
「ニコ、オマエの言うことはイマイチわからん時がある。普通に喋れ」
「え、あ、すいません。またやっちゃいましたね……」
「どうかしたんですか?」
「ん、ああ。あいつ、あ、谷中ニコって言うんだがな。普段は普通の女子高生やってんだけど、テンションが上がるとわけのわからんことを言う癖というか性格なんだ。まぁそうなった時は放置に限るぞ。会話にならんからな」
「は、はぁ……」
なんだかこの店内でコミュニケーションを取れる自信がなくなってきた少年。そんな彼に店長が声をかけた。
「つーかオマエ、名前を名乗れ。どうせ可愛い名前なんだろ。苺畑ペコとか」
「そんな名前の男いませんよ! なんですか苺畑って! 僕は塔野 大志っていいます!」
「大志?」
「あ、はい。大志です」
「大きい志?」
「……はい、そうですけど」
「……まぁ、志は身長とは関係ないからなぁ」
「どういう意味ですかそれ!」
ぶー、と頬を膨らませて怒る塔野をなだめつつ、『あ、そういえば』という言葉に続けて店長が思い出したように言った。
「私も自己紹介してなかったな。私の名前は所謂 小夜だ。従業員からは大体店長と呼ばれてるから、まぁオマエもそう呼んでくれ」
「……えーっと、小夜っていうんですか?」
「ああ。小さな夜で小夜だ」
「……ぜ、全然小さくないのに! 何でですかもう! わけわかりませんよ!」
「わけわからんのはオマエだ」
本当にわけのわからない理由でキレる塔野。それを見てツッコミをいれながらも嬉しそうにする小夜。そんな妙な光景を見ていたニコがツンに耳打ちで尋ねた。
「えっと、あの……もしかして、店長って塔野くんのこと好きなんですか?」
「いや、アイツはああ見えて可愛いもん好きだからな。塔野がちっさくて可愛いんだろ、多分」
「ですよね。やっぱりショタはBLですもんね」
「……聞かなかったことにしとく」
ニコが真顔でそんなことを言うのでツンは頭を抱えてそう言った。コイツ、本当に大丈夫かと切に思いながら。
ツンのそんな思いなど露知らず、ニコはまだ頬を膨らませる塔野のもとへ向かった。
「こんにちは」
「こっ、こんにちは」
「私、まだ自己紹介してなかったよね。私の名前は谷中ニコ。いつもニコニコしてるようにってつけられたらしいんだー」
「あ、ど、どうも。塔野っていいます」
「よろしくね!」
「ひっ、ひゃい!」
「塔野オマエ持ってかえる……じゃなかった。ニコもダメなのか? 私はたしかに身長も170近くあるが、ニコは160ぐらいだろ」
「いや、あの……150を越えられると、ちょっと」
「まともに会話できるヤツ限定されすぎだろ」
その会話中も目を合わせようとしない塔野に、さすがの小夜も本気で心配になったらしい。小さくため息をついてから聞いた。
「オマエ、それで接客できるのか? ここに来る客なんざ大人ばっかりだぞ?」
「だ、大丈夫です。毎回死を覚悟してから行きます!」
「一体何がオマエをそうさせるんだ」
「す、すいません……」
「まぁ構わん。ミスったら私が持ってかえるだけだしな」
「えぇ!? ち、ちょっと待って下さいよぉ!」
「おい、小夜。塔野が可愛いかなんか知らんがあんましいじめるな。そんなんだと従業員いなくなるぞ」
「大丈夫だって。またツンが集めてくればいいだけだから」
「それが嫌なんだよ」
はぁ、とため息をつくツン。塔野はその時、一人ある言葉にひっかかっていた。
「え、ツンさん今店長のこと小夜って呼びました?」
「ん、ああ」
「お、お二人ってもしかして」
「そう、オマエの予想通りだ」
「おい待て小夜」
「そうなんですね!」
「ああ。又従兄弟だ」
「やっぱり!」
「え、予想通り?」
予想外な反応に思わず目を見開くツン。それを見てフンスと鼻息一つ、塔野は小さい体で大きく胸を張る。
「さらに僕の予想では、ツンさんの方が年上でしょう?」
「ん、ああ。そうだ。よくわかったな」
「ふふふ、僕は実は人の心が読めるので」
「超能力設定キタコレェェェ!」
突如飛び込んできた人影は、もちろんニコ。目を爛々と輝かせている。もちろん塔野はツンの後ろに全速力で隠れた。
「ショタで超能力使いとか! マジ俺得! ちょっと早く始まれ私の非日常! 右手がっ! 邪気眼がっ! うず」
「うるせぇ」
小夜の拳骨一閃、ニコ撃沈。そのまま襟首を掴んでズリズリと引きずっていく。
それを見て、ツンは小さくため息をついた。
「俺が年上っつっても、アイツはあんな感じだからな。しかも元ヤンなんだよ、実は」
「えっ」
それを聞いて少し顔がひきつる塔野。それを見て、ツンは少しだけ笑った。
「ま、とにかく気をつけろよ」
「……はい」
本当に気をつけよう。そう心に誓った塔野だった。