その11 ニコ様誰様お姫様(中編)
「それでは1回戦、ニコ様クイズを始めます」
ニコさんがいないうちに始まったのは『谷中ニコ争奪戦』とやら。頭がついていかない僕と隣で鼻血を垂れ流している店長とで一体何ができるのか、とか思っていたけれど、クイズならまだ大丈夫かな、と思って少し胸を撫で下ろす。店長の鼻血も止まったみたいだ。見ると、店長もこちらを見て目があった。
「塔野、言っておくが――」
「それでは始めます。第一問」
店長が何かを言おうとしたみたいだけれど、言えないうちにクイズが始まってしまった。店長は小さく舌打ちをして先程渡された小さなボタンに手を置いた。それを見て僕も慌てて手を置く。どうやら早押し制らしい。
僕の手がボタンにかかると同時に問題が読まれ始める。
「ニコ様の好きな絵描きと言えば?」
「えっ?」
思わず言ってから口を手で覆った。なんかすごく恥ずかしい! みんなすごい勢いでこっち見たし! 鼻を思いっきり押さえてる人はいるし。
でも、クイズってこういうことか。これなら、僕がこの前ニコさんと話した時にニコさんが嬉々として語っていたからわかる。僕は素早くボタンを押した。
ぴるんっ。
「ええっ!?」
この声の主は僕だ。なぜこんな声をあげたかは、僕の視線の先を見ればわかる。
真剣そうな表情(仮面で表情は読み取れないけれど)のおじさんの被っていたヘルメットの一部が光っているのである。
「えっ、あ、なんで、光って……?」
「お答えください」
「え、いや、あの」
「お答えください」
「……はい」
頭が光った男に怒られるのはなかなかシュールなものだ。
僕は少し困惑しつつも、小さく深呼吸をし、息を整える。よし、大丈夫。
「……かんざきちひろ」
僕は落ち着いて言った。
かんざきちひろ、イラストレーター……らしい。『私の弟がこんなに可愛いわけがない』とかいうライトノベルの挿し絵を描いているらしい。猫がどう……とか熱く語っていたけれど、はっきりは覚えていない。でも確かにこの人が好きだと言っていたはずだ。
「……不正解です」
「なっ!?」
「……はぁ」
僕は驚きを隠せずに声をあげるが、隣の店長は鼻血を垂らしつつ頭を抱えている。あぁ、鼻血が服に染みてる染みてる!
僕が傍らのティッシュで鼻血を拭き取ろうとした時、あの軽快な音がして再びおじさんの頭が光った。
見ると、ボタンを押したのは前にいる青年らしい。青年は一つ咳払いしてから静かに答えた。
「葛飾北斎」
「ええっ!?」
「正解です」
「どぅええっ!?」
何て、今何て!? 葛飾北斎!? 富嶽三十六景!?
ニコさん、そんなのにハマってたのか……すごいなぁ。渋いなぁ。この前までは『江戸の画家とかの絵が一番苦手』って言ってたのに。克服早いなぁ。
僕がそんなことを考えていると、隣の店長がこちらを見た。その目には少しだけ、憂いの色が見える気がする。
「……塔野。オマエは答えなくていい」
「でも」
「いいから!」
「ふぇっ!?」
その声の大きさに、思わず僕は肩を跳ねさせて驚いた。
「……私に任せてくへ」
「……はい」
最後は鼻血を抑えながらだったためいまいち決まらなかったが、僕が口を出すべきじゃない、ということぐらいは僕でもわかった。
「では、第2問に参ります。ニコ様が好きな小説家は?」
ぴるんっ。
素早く店長がボタンを押す。
「上田秋成」
「正解です」
「ええええ!?」
何かがおかしい。この時からもうそんなことには気がついていた。
結局、最後までこんな調子で、15問終わって僕たちが8問、相手側が7問で僕たちが勝利を納めた。
「やりましたね、店長」
僕はどことなく腑に落ちないまま、それでも一応喜びを表す。
「……あぁ」
でも、店長は全く嬉しそうじゃなかった。やっぱり、何かがおかしい。だけど何かはわからない。店長は僕に何を隠しているんだろう――
そんな疑問が出た途端、僕は頭を振ってかきけした。今は信じることにしたんだから。
僕は自分の両頬を両手で同時にぺしん、と叩いて気合いを入れる。と、その時に振り袖を見て自分が女装しているのを思い出した。
「女装がナチュラルになっちゃまずいよな……」
そんなことを思いつつ、そういえば、と考える。
そういえばよく僕が男ってバレなかったなぁ。そんなに声高いかな、僕?
「あーいーうー」
「……?」
ちょっと声を出してみてから店長の怪訝そうな顔が視界に入ってやめた。……自分の家みたいな感覚でいたよ。恥ずかしい。
「それでは、二回戦に移らせていただきましょうか」
その声に、おじさんの方を見て、僕は店長から顔をそらす。多分僕の顔が赤くなってるだろうから、恥ずかしかったのだ。
「二回戦は――ニコ様かくれんぼです」
「かくれんぼ?」
そしてまた、なんだかよくわからない戦いが始まろうとしていた。