力の系譜と苦悩
すいません……この一言に尽きます
side レイエル
クルザスはハレスと違い王政ではない。民主主義に近い構造をした国家である
財務・軍事・外交・経済の四つの機構のリーダーを国民は選挙で決め、そのリーダーの中で最も投票数の多かった人間が『統治者』になることができる。物凄い単純なシステムだが、かの国(大陸)は人間こそが至上の生き物として信じて疑わない宗教の宗主国でもある場所。教団関係が国を操るために簡単なシステムにしたのだろう。あの大陸に住んでいる九割は信仰しているのだから、教団が推薦したら一発で当選だ
この選挙は六年に一回行われる、そして前回の選挙で選ばれたのが軍事のトップの『ルシフェ・ハートン』。根っからの軍人気質な性格の人間で、少々危険な思考の持ち主だ。依然一度だけ街頭演説の様なものを聞いたことがあるが、内容だけを聞くならクラミュス大陸を武力で奪おうとしているような物だった
そもそも軍事のトップが選ばれたのだから軍備増強は進んでいくし、そのせいか長年に渡っていた民族間の仲は最悪な物になりつつある。もしかしたら戦争は避けられないかも知れないのだが……こちらの大陸は纏まる気は全く無いな
「それだけじゃねぇよ、レイジス・ハートンは世界でも奇遇な神器の使い手『天使』の血を引いているんだから」
「神器か……」
神器……その名のとおり神が地上に授けた武器の総称。かつて世界を破壊しつくそうとした『邪龍』を倒すために使われた武器で、各属性で一つずつ、計九つの神器が存在する。現在神器は各大陸を治める国ごとに管理されており、ハレスでは二つ、カリウスでも二つクルザスでも二つ、そしてアルテミスで二つ、最後にキュレス大陸のエルフ達が一つ保管しているはずだ。
神器は様々な物があるが代表的なもので炎の神器『レーヴァンテイン』がある。全長三メートル以上の巨大な剣で、一振りで目に付く全てを焦土に変えるほどの業火を放つと言われているのだが、実際には知らない。神器は使い手を選び、選ばれた物は『天使』と呼ばれる。この天使はどういう条件を満たしているのかはわからず時代の時々に突然と現れるのだ
しかし多くの天使は神器に触れる事はできない。神器はそれぞれの大陸で管理されており、天使が自分に見合った神器を必ずしもその大陸が保管しているとは限らないからだ
レイジスもその中の一人だ。なぜならレイジスの神器はここハレスで保管されている雷の神器『ドンナァー・ブリッツ』なのだから
「……レイジスって神器の使い手だったの?」
「ははは……みたいだな」
当の本人はあまりことを理解していないようだ。頭をポリポリ掻いて苦笑いを浮かべている
「それでさっきお二人が話していた話ってなんですか?」
レイジスが天使だということにレイミィは少し関心を見せたが、少ししたら私に先ほどのことを問いかけてきた。この子の関心はむしろ神器よりも魔法にあるようだ
「……わかった。つい最近私とライブラで魔法に関して少し修行をつけた子がいたんだ。その子について詳細は話せないがその子はレイミィの母親であるシスティーナと同じく特級魔法を手に入れた」
「えっ?でも特級魔法って確か三つしかなくてその全てに現在使い手がいるんじゃ……?」
「そうだ。しかしその子の持っている魔法は今まで存在している『古代』、『海神』、『鳥獣』のどれにも当てはまらない。即ち新しい四つ目の特級魔法だ」
「うそっ……」
私の言葉を聞いた途端にレイミィは青ざめた表情をして少し怯えた表情をした。この子が現在魔法を教える学院や機関にいるのなら特級魔法がどれだけの影響力を持つか理解しているはずだ
「えーっと、つまりどういうことだ?」
「あんたは……中退しても学園に通っていたら気づくでしょ!」
「知らねぇよ、授業聞いてないんだから。詳しく簡潔で頼む」
「詳しくと簡潔はたぶん共存してはいけない単語よ。特級魔法は貴方の国にある『核兵器』と同じぐらい危険な魔法のことよ。使用者にもよるけど一人で国を落とせるほど強力らしいわ」
「核っ!?」
レイジスもまたレイミィに言われた言葉を聞いて驚きを隠せないようだ。クルザス軍がかつて作った禁断の兵器『核兵器』は使用が禁止されていても、まだ保管されており多少の時間を費やせばすぐにも使用できる
「じゃあレイミィの母さんもそんな強力な魔法が打てるのか?」
「……ええ、一応ね。見せてもらったことないけど」
「つまり、いつかはレイミィもそんな強力な魔法が打てるのか!」
「……まぁね」
レイジスが興味津々で興奮した口調でレイミィに話しかけるたびに、彼女の表情はどんどん暗くなっていく。どうしたのだろうか
「……ごめん、少しトイレに行ってくるわ」
「ん、ああ……ってお前トイレの場所分かんのか?……と思ったらいねぇし」
レイミィは暗い表情のままレイジスの制止を振り切り部屋を出ていってしまった
「なんだよ、あいつ……?」
「ふぅ、どうやら触れてはいけない部分に触れたみたいだな。レイジス、銃の扱いの前に人間関係のうまいやりくり方を考えたほうがいい」
「はぁ……」
私もレイミィのあとを追ってライブラの司書室を出ていく。この時あの子の行きそうなところには大体見当がついていた
(いたな、相変わらず変わってないな)
大魔法図書館の屋上の上には塔がある。そんなに高くないのだが一番上には展望室があって、見渡せるようになっているのだが、その展望室にレイミィは顔を伏せて景色を見ていた。
実際顔は伏せてるのだから景色は見えないだろうが、傷心中なのが痛いほどに分かる。この子は昔から拗ねると高いところに逃げるのだ、高所恐怖症のくせに
おそらく自分が嫌いなところには誰も探しに来ないから高いところにいるのだろうが、後で自分でなんともできなくなっていることが多い
「どうした、レイミィ?」
「…………レイエルさん?」
私が声をかけるとレイミィは伏せていた顔を上げてこちらを見る。その顔は少し泣いていたのか目元が腫れて目が充血していた。よっぽどコンプレックがあるんだな
「レイジスも悪意があったわけじゃないんだ、許してやれ」
「……わかってます。けど自分じゃ抑えきれないんです、母のことを言われると悔しくて、悲しくて……みんなそこういうんです。『あなたの母親は高名な魔法使いだからあなたも立派な魔法使いになれる』、『高名な魔法使いの母を持つと違うな』って」
「……そうか」
「確かに私の魔法の才能って母から受け継いだものです。それは変わらない……だけど、だけど……っ!」
もう一度レイミィの顔を見れば目からぼろぼろと大粒の涙を流していた
「これじゃぁまるで、私なんかいないみたいじゃないですか!私がどんなことをやっても”母””母”って……っ!才能だけでみんな私の人生を決めてるみたいに!」
「……確かに有名な家に生まれれば周りからの期待値も上がるのは仕方ないことだ。だが……」
「えっわっ!」
私は泣いているレイミィをこちらに手繰り寄せて抱きしめる。昔と比べて大きくなっていても抱きしめているのは小さな子供の体だ。現に私の腕の中にすっぽりと収まってしまっている
「あまりそのことを考えすぎないほうがいい。家名に殺される子供なんていうのは五万といるんだ。かく言う私も君の母と同じ『ブレイズ』や『千里眼のレイエル』といった異名が付き纏っている」
「……」
「この名前は一生消えることはないだろう。しかしそれは同時に私が戦い、存在してきた誇りでもある。君の母親も同じだ」
「えっ?」
「彼女もまた優秀すぎる魔法の力を妬まれ、酷い目にあった。嫉妬・裏切り・暴力……時には殺されかけることもあったそうだ。しかしそれでも彼女は魔法を捨てなかった、なぜかわかるか?」
「……わかりません」
「見返したかったかららしい」
「それだけ?」
「そう、たったそれだけだ。自分を馬鹿にしたやつ、自分を認めないやつには圧倒的な力を見せつけて二度とそんなことができないように……それだけの理由でシスティは今や世界最強の魔法使いだ」
「……単純ですね」
「システィは君が思っているよりはるかに馬鹿で単調なやつだ……しかし君と違いどんな困難でも自分で切り開こうと努力してきた。それだけでも君とは違う」
「……」
「君が母の名を重く受け止めるのは仕方のないことだ。だけどそんなに重ければ捨てればいい」
「どうやって?」
「母を超えればいい。魔法でもなんでもいい、どんなことだっていいから何か一つでも母を超えることができれば、それはシスティと君は違うという証明になる。何も世界中魔法だけで優劣の差が決まるわけじゃない」
世界には様々な競技がある。魔法なんてものはその中の一つで、それができるからといって重宝するのは戦争をする国か冒険者ぐらいなものだ。実際日常生活に魔法なんてものは初級の初級の魔力操作程度で十分である。
システィは確かに魔法に関しては他の追随を許さなかったが頭はかなり悪く、冒険者を始めたのも魔法以外で学園の単位が取れなかったから……ブレイズ結成時も挑発に簡単に乗るくらいの単純バカで、当時のあだ名は『暴走魔女』だ。本人はそれを聞くだけで挑発されていたが
「……」
「そういう私も既に『ブレイズ』の名前は捨てた」
「えっ……?」
「さっき話していた子に『紋章』を上げてしまったからな、今の私はただの『レイエル・マリウス』だ」
ディスがいなくなる直前にあの子は紋章を貰っていった。正直なんで私もあの子に紋章を渡したかはわからない、簡単に言えば直感だ。しかしあの子はそれを何も言わずに受け取った……恐らく出会った頃の誰にでも噛み付くようなあの性格からは想像できなかったであろう
「ただの……レイエル」
「紋章をあげた子は昔のシスティにそっくりな子だ。自分ひとりでなんでもできると思っている自意識過剰な面に、天舞の魔法の才能、もしいづれ君たちが出会ったときそこで戦ってみるのもいいかもしれない。もちろん魔法以外でな」
「勝つ……魔法以外で……うん、わかった!」
自分の中で何かが吹っ切れたのかレイミィは泣きはらした目を拭って私の下から離れ、ドアまで走っていった。しかしドア前で急にピタッと止まる
「レイエルさんありがとう!私、レイエルさんのことお母さんみたいで大好きです!!」
満面の笑みで嬉しいことを言ってくれたあと、ドアを閉めてどこかへ行ってしまった。私は度肝を抜かれたような顔になったがすぐに顔がほころんでしまう
「……お母さんか、どちらかといえば姉の方が嬉しいが」
もし私に子供がいたならレイミィと同じぐらいの歳になっていただろうか……もしそうならば私はあいつと……
「……はっ!わ、私は何を考えているのだ……」
少し妄想にふけってしまっていた私は我に返った瞬間、顔が真っ赤になるように恥ずかしくなった。ディスにも言ったはずなのに私はまだ未練を捨てきれていないようだ
私は気恥ずかしくてすぐに戻れず、顔の火照りを覚ますためにしばらく外の冷たい風にあたっていた
ついでに女達が自分のことに悩んでいる間、鈍感な男たちは……
「なんであんなに怒ったんでしょうね?」
「さぁ?女ってやつはよくわからん。レイエルだって急に怒って首絞めてくるしなぁ」
「レイミィも時々よくわからないときがあって……」
自分たちの苦労話で盛り上がっていった
今、システィーナという天才魔法使いの血を引き継ぐ三人の子供達。
長女―レイミィ・バイリィはその才能を引き継ぐも、その才能に苦しめられ魔法とは少しそれた道を歩みながらも、母と同じく『強者の力』を極めていく
次女―アリア・バイリィは全く異種の魔法の才能を引き継ぎ母と同じ魔法使いの道でありながらその力はまるで逆の『癒しの力』を極めていく
そして三女―ディスペイアは母の才能をまるで引き継かず、『呪われた力』と『聖なる力』を併せもつ。人間を愛し、人間を憎む心も併せ持ちながらどの道を進んでいくのか
同じ母親をもつが三人はまるで違う道を歩んでいく……同じ運命だと知らずに