歪んだ理由(わけ)
大学忙しいわぁ~
更新できない
side ディス
長い長い夢……覚めることのない眠りか、それとも走馬灯か。俺は過去の夢を見ている
そう、あれは十五・六年以上前、俺の名前がまだディスペイアではなく瞬也だった頃の話……幼かった俺の心と家族を粉々に壊した忌まわしく、そして悲しい話だ
「♪~♪~」
あれはまだ俺が小学校一年生の夏の時期だった。炎天下で外は茹だる様な暑さだったので俺は冷房の効いた家の中で鼻歌を歌いながら漫画を読んでいた
「♪~♪~」
あの頃の俺はまだ純粋で子供をしていた。今読んでいる漫画の続きはどうなるのか、テレビ番組で気になるものが何時にあるとか、晩御飯はなんだろうとか、そんな事ばっか考えている子供だ
特にこの日は先週から出張していた親父が帰ってくる日。地方に出張が多かった親父は俺の機嫌を取るために地方の土産をよく買って帰ってきた。俺はその土産に期待と喜びを胸に秘め親父の帰りを待っている
「♪~あれ」
漫画を読んでいた時、不意に呼び鈴が家中に響き渡る。家には母親がいるのだが火事に負われているのか呼び鈴には気づかなかったようだ
「しょうがないな~お母さんは」
気持ちが高揚していた俺は母親の代わりに訪問者の応対をするために玄関に向かっていく
この時、俺はちゃんと考えて行動すればよかったと今でも後悔している
「は~い、どちら……」
玄関を開けた俺は思わず言葉を失ってしまった。訪問者は厳つく、強面の男が二人。一人はポッコリとした中年腹の目立つ40代ぐらいの男と、厭らしく尖った目が特徴的なヒョロイ男。二人ともこの厚いのにニット帽と黒い長袖の上着を着ていた
「えーっと、どちら様っ……」
気を取り直した俺は再度男達に何の用か尋ねた瞬間にヒョロイ男の方が俺に黒い物体を取り出し、振り落としてきた
頭に強い衝撃と痛みが走った次の瞬間には俺の意識は朦朧として、殴られたと認識するのはもっと時間が掛かった
「う……」
次に目が覚めたとき、リビングのソファ近くで俺はガムテープで手首と口を縛られている。朦朧とする意識と口を押さえさせているガムテープの息苦しさもあり俺は状況をまるで飲み込めなかっが、わかる事は頭に走る強烈な痛みと恐怖だけがわかる事だった
(どうなってるのぉ!!)
痛みと恐怖の中で俺の思考はまともに回転せず、ただ呑みこめない状況で俺は恐慌状態となっていた
目からは自然と涙がこぼれ、手首を縛っているガムテープに力を掛け必死に抵抗するも所詮は子供の力。きつく縛られたガムテープには何の意味を為さなかった
「へへっ、昼間でも盗みには入れるもんだな」
「そうですねぇ」
「っ!」
パニック状態の俺の耳に二人の男性の声が聞こえてきた。視界にはいない事からここから死角にある台所付近にでもいるのだろう
(台所にはお母さんがいたはず……っ!)
「もがぁ……もがぁ!」
母を呼ぼうとしてもガムテープで塞がれた口から声がハッキリと出ることも無く、ただのもがき声にしかならない
「おい、なんか騒がしくねぇか?」
「……ああ、餓鬼のほうが目を覚ましちまったようですぜ」
もがき声で反応したのかヒョロイ方の男が俺の様子を確認しに来た。中年腹とヒョロイの関係上は中年腹>ヒョロイなのは一目瞭然だろう
「どうします、こいつ?」
「今はほっとけ……それより金目の物は何か見つかったか?」
「えーっと、現金と少し宝石類と……そんくらいですかね」
ヒョロイ男はポケットの中から薄い封筒の中から十数枚の紙幣と親父から母親への贈り物と思われる宝石の類を取り出す
この時になって俺は確信した、こいつらは強盗犯だと
(強盗……殺されるっ!)
強盗と認識した瞬間に俺に更なる恐怖が襲い掛かり、俺は蛇に睨まれた蛙の如く全身が震え心臓をわしづかみにされたような気分に陥る
「ちっ、まぁ普通の民家にしちゃいい収入だしあまり欲張るのもいけねぇか」
中年腹の男は少し不満そうな顔をするが、すぐに切り替えてこっちをみた
「それに予定外の収入もあった事だしな……あの人妻割とよかったし」
「ずるいじゃないですか!俺もやりたかったのにさぁ」
「ぼやくなよ、なんなら今から犯ってきてもいいじゃねぇか。どうせあと少しでこの家から出るんだからよ」
犯る……このころの俺にはどんな意味を持つのかまったくわからなかったが不吉な言葉だということと、その対象が母親だという事は薄々勘付いていた
そしてヒョロイ男は厭らしい笑みを浮かべながらリビングから違う部屋へと向かっていく
「悪いな、坊主。俺達も生きるためには他人に頼るしかねぇのよ」
はははと下卑た笑いを浮かべながら残った中年腹の男は俺の頭を鷲掴んで言ってきた
俺は恐怖に怯えながらも涙目のまま男に睨み返してやるが、男にはまるで効いてない
子供の睨んだ顔など怖くも無いのだろう
「そんな怖ぇ顔するなよ。いい物見せてやるからさ」
「っ!」
男が懐から取り出したのは黒く無骨な鉄の塊、拳銃だった。最近はテレビなどで普通に見れるものだしそれの威力も想像するに難くなく、ナイフなんかよりも遥かに恐ろしいものだ
「別にこいつで坊主を撃つ気はねぇよ。こいつは音がうるせぇから通報されちまうしな。あくまでも最終手段、保険みたいなもんだ」
拳銃を見せられ俺はさらに恐怖に怯える。手首を懇親の力で動かし必死に拘束から逃れようと動かした
そして緊張と夏の暑さからか全身びっしょりにかいている汗がガムテープの吸着力をどんどん奪っており、僅かにだが外れてきているのがわかった
「坊主には顔を見られちまったからな。首を絞めてあの世に行ってもらうぜ」
中年腹の男は拳銃を近くにおいて電子機器のコードを俺に見せびらかす様に両手で持ち引っ張って見せた
(外れろ外れろ外れろぉぉ!!)
命の危機を感じ俺の両腕の動きは激しさを増して、ガムテープは汗で吸着力をなくしその意味を失った
「もがぁ!!」
「うおっ!」
男の一瞬の隙をついて俺は全体重を乗せた突進を行った
俺の首を絞めるために油断し、両手をふさがっていた男は俺の突進に体制を崩し転げる
そして手が自由になり一瞬だけ解放された俺がすべき事はもう決まっていた
「てめぇ……っ!」
「……っ!!」
隙を突いて奪った拳銃を中年腹の男に向けて俺は威嚇した
拳銃の撃ち方なんてこの歳の俺でもわかっていたし、中年腹の男も拳銃を奪われた事に動揺していたようだ
拳銃なんて子供が撃とうが大人が撃とうが威力は変わらないし男が恐れたのも当然だろう
「お、落ち着けよ……坊主」
「ふぅ、ふぅ」
怯えてこちらを宥めようとする中年腹の男に対し、興奮状態の俺は指を引き金に掛け男のほうへ拳銃を向けた
鼻息は荒く、ガムテープの外れた口からも荒々しい息遣い張り詰めたこの場を支配する
「そ、そいつを返しな、餓鬼!今なら殺さないでおいてやるからよ」
そんな見え透いた嘘に引っかかるほど俺は馬鹿ではなく、とりあえず距離を取ろうと俺は後ろに下がろうとした瞬間……
「あっ!」
「っ!ガキがぁ!!」
散乱した物に足を取られ俺は思いっきり転倒してしまった。当然この隙を見逃すわけも無く中年腹の男はこちらに突進するように襲い掛かってきた
「うわぁぁ!!」
体制を崩し正常な判断も出来なかった俺は無我夢中で引き金を思い切り引く、引いてしまった
「……あ」
バァンという大きな破裂音と共に俺の両腕には激痛が走り、視界は真っ赤に染まる。
放たれた銃弾は偶然にも男の眉間に着弾し、綺麗な円形を描いた風穴を開けた。風穴から大量の血飛沫を周辺に撒き散らしながら中年腹の男は力なく倒れ、ピクリとも動かなくなってしまった
「……」
全身にかかる暖かく、生臭い赤い液体。火薬の独特な鼻を焦がすような臭い。銃の反動による両肩の損傷。鳴り止まない強烈な耳鳴り
だがそんな事をどうでもよくしてしまうように俺の思考はここで完全に途切れた。
後の事は俺も殆ど覚えていないのだ
気がつけば俺は病院のベッドの上で包帯を巻かれ寝ていたのだから
しかし事の顛末は直ぐにわかった。警察官と思しき大人が俺に全ての情報を教えてしまったからだ
俺が思考を止めた後、銃声により異変に気づいた住民が警察へ電話し事件は発覚した……が既に事件は終息を迎えていた
警察官が家に踏み込むと強盗の首班である中年腹の男は脳天に風穴を開け死んでいるところを発見され、ヒョロイ男は腕と肩を撃たれ瀕死の重傷で発見された。そして母親は男達に寝室で乱暴された状態で発見される
俺は……拳銃を右手に持って放心状態のところを警察に保護された
それを聞いて俺は全てを理解し、話をしている警察官に一言だけ呟いた
――撃った……人を撃った――
この言葉を予測していた警察官達は直ぐに病室を出てどこへ走り去っていった。残された僕はただただ呆然と自分のした事に目を瞑る事に頭が一杯で何もする気が起きず、じっとしていた
常軌を逸脱していた事は今でも思っている。拳銃を一発撃った段階で俺の両腕や肩はボロボロに成っていたが、我武者羅だったのか意識が無かったせいなのか俺はその後二発発砲した
強盗から母親から救った……そんな自己満足で自分を納得させ、俺は無理矢理にでも言い聞かした。守るために仕方が無かったと、撃つしかなかったんだと
そしてこの日以来、俺の家庭は完全に崩壊した
拳銃を撃った時は小学生で未成年だった事から報道でも俺の名前は発表されなかったし、少年という事で罪にも問われなかった(裁判でも正当防衛か過剰防衛のどっちかになっただろうが)
しかし近所の人間にはどうやっても情報が漏れてしまう、近所だけではなく俺が通う学校や親父の仕事先など、町中に情報が広がってしまった
人は誰かのいい話は好きではないが、誰かの悪い噂なら喜んで飛びついてしまう。誰かを褒めるよりも貶し、優越感に浸ろうとする種族だからだ
そうなると当然近所の人間は俺を人殺しと、家族全体を犯罪者目で否定的に見てきた
それに変わったのは近所だけではない。家族事態が一番変わった
母親は強盗に乱暴されたショックと近所の人間の偏見の眼差しに耐え切れず、ノイローゼに。毎日毎日、俺と父を攻め立てヒステリック状態だった。親父は勤めている会社を白い目で見られ居辛くなり退社、母を介護していたが毎日攻め立てられる疲れからか酒に入り浸るようになった
俺は学校で人殺しと恐れ、貶され、いじめを受けた。やり返す気も無く俺は暴力を受け続ける……仕返しなんてする気すらなかった。多対一じゃ勝ち目無かったし、なにより家庭に・周囲と色んな事がありすぎて俺の中で整理が追いつかなかったのだ
ノイローゼの母親と酒びたりな親父はとうとう喧嘩をはじめ、それは口から始まり手・足と次第にエスカレートしていき、警察が何度か介入した事もあった。俺はその度に児童施設に入れられたが、何度も家に帰った。正直施設のほうが楽だった。施設内には俺と同じ境遇もいたし施設の人も優しかったが、俺はそこには居辛かった
両親をあんなにしたのは強盗の件が発端だが、引き金をひかさせたのは俺だ。その俺が一番安全なところで守られている……そんなことを自責の念を抱える俺が受け入れるはずも無く何度も、何度も家に戻った。それが自己満足だと気づいていたのに、俺は両親から離れたくなかった
時には俺にも暴力は降り掛かり大怪我をする事もあったが、それでも家に居続ける
贖罪と自己満足のために