表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/13

第九話『天上天下唯我独尊』

 

 俺の人生、ろくなもんじゃなかったな。まぁ、別にそれほど未練というほどのものをこの世界に持ってはいやしなかったが、死にたくはない。しかも、こんなわけのわからない状況でだ。

 俺の理想の死に方は、成人を越えて良い年になった娘や息子たちに囲まれながら妻よりも先に老衰で逝く、といったもんだ。だがそれも叶いそうもなさそうだ。

 そんな後悔の念を頭の中で考えていると一つの救いの声が耳の中に飛び込んできた。


「お待ちくださいっ!お嬢様」


 凛とした、かしこまった男の声のする方に恐る恐る目を開けて現状を確認する。今だ、異様な白い光を放っている蒼井サクラの隣に立ち、その細腕を掴んで何やら絶対的に危ないものを今にも放とうとしている所を静止させているようだった。そして、その男の佇まいに少し驚くものがあった。小柄な感じを思わせる体系で髪型はオールバックの白髪。服装はいかにも、といったようなビシッとした黒のチョッキを着た執事スタイル。なかなか近隣ではお目にかかれない執事っぷりだ。

 少し離れていて顔の方は良く見えないが、それなりに年配を思わせるしわがここからでも確認できる位深いものだった。


「いきなり何すんのよ!爺っ」


 いきなり現れた爺と呼ばれた男は、申し訳なさそうな顔をしつつもその腕を放そうとはしなかった。すると、数秒経つと手から溢れんばかりに輝いていた光は少しずつ弱まっていき、そして消えた。「離しなさいよ!」と掴まれていた腕を乱暴に引き剥がす。体制を整えてからキッときつい睨みをその男に向ける。


「私の邪魔をするなんて一体どういうことよ!爺っ」


 鼻の下から顎にまで真っ白なヒゲを蓄えていて、小柄なサンタクロースのような印象を思わせる男は一度軽く頭を下げてから弁明を始める。


「申し訳ありませんお嬢様。ですが、このような所でその魔法を使うのはいささか危険でございます。しかも人間の子にそのような魔法を使えば、どのようになるかはお嬢様もお分かりでしょう」


 なだめるような優しい口調で、言い聞かせる。それが気に食わなかったのか、ふんっと腕を前に組んでそっぽを向いて、まるで話しを聞いてないような素振りを見せる。

 なんだかわからないが俺はあの爺さんに助けられたらしい。ホッとしたら体の力が抜けてしまったらしくその場に尻餅をついてしまった、今度こそ腰が抜けたみたいだ。気づいてみたら全身が汗だく状態だった。校内マラソン大会でもこんな汗をかかないんじゃないだろうか。

 体の中で大太鼓を鳴らしてるかのように心臓が大暴れしている。


「……ふんっ! 平気に決まっているじゃない。アイツが『普通の人間じゃない』ってことくらい爺だって気づいてるでしょ? ほんっとむかつくのよ!」


「ですが、あのような魔法を使えばここ一帯がどうなるか……」


「爺。私を馬鹿にしてるの? それくらい承知してるに決まってるでしょ! 屋上の周りにちゃんと結界を張ってるから周りには影響は出ないわよ」


「……そうでしたか、それは申し訳ありません」


 俺が必死になって心臓の暴動を鎮めている間に、とんでもない事を口走っているのが聞こえたような気がしたんだが……そのままスルーして良いんだよな?魔法?結界?いやいや、一番ヘンテコな事は俺が『普通の人間じゃない』とか言っていた事だ。馬鹿言うな、俺は正真正銘の何の変哲もない男子高校生だぞ?勉強も人並み、スポーツも人並み、やる気の無い普通の人間だ。


「……あんたら一体何者なんだ?というか俺が『普通の人間じゃない』ってどういうことなんだ?」


「あーうるさいわね。殺すわよ?」


 はい、すいません。……いやいや負けるな頑張れ俺。


「お嬢様、説明の方をしてあげなければ……」


「はぁ?面倒くさいわよ。なんでこんな頭の悪そうな奴にわざわざ私が説明しなきゃなんないのよ」


 おい、今のは少し感に障ったぞ。外見だけで人の中身を勝手に判断してもらうのは止めていただきたいね。といっても並程度の頭脳しか持っていないから強くは言えないんだがな。というか俺の外見が頭が悪そうに見えたのがショックでしょうがない。

 内心ムッとしている俺に感づいたのか、恐ろしく規則正しい歩き方で腰が抜けて座り込んでしまっている俺に手を差し伸べながらニッコリと微笑む老人。


「それでは、私が説明しましょう。まず、何から答えましょうか?」


 上質な絹のような肌触りの良い手袋をした手を握りなんとか立たせてもらうと、もう一度ニッコリと大きなシワを作りながら微笑む。紳士的な振る舞いを見て、やっと俺は安心したのか体の震えが止まったことに気づく。ゆっくりと深呼吸をしていると「早くしなさいよ」と鋭い眼光つきの野次が奥の方から飛んできたが、無視して目の前に立っている小柄な老人に顔を向ける。


「じゃあ、まず『普通の人間じゃない』ってのはどういうことなんだ?」


「小澤様はあらゆる魔法の類を打ち消すことのできる反魔法体質の存在『アンチヒューマン』なのです」


……why? えっと、もう一度わかりやすく答えてくれると嬉しいのですが。反魔法体質? アンチヒューマン? というかなんで爺さん俺の名前知ってるの? ほんの少しも理解していないことを察したのか規則正しく頭を下げる。


「申し訳ありません。いきなりこのような話をしても理解できるはずがありませんでした。それでは私どもの素性から説明いたしましょう。まず、私はこの世界の住人ではございません。もちろんあちらにおられるお嬢様もです」


 そういって手のひらで蒼井サクラを指して見せる。一方その本人は腕を組んでツカツカと片方のつま先で地面を叩いている。

 視線を感じたのか、そこらにいる不良など一蹴できるくらいの睨みを利かせてきたので瞬時に視線を目の前の老人へと戻した。それを確認したのか、説明の続きを喋りだす。


「……『エクセルート』と呼ばれるこの世界とは別次元の世界から私共は来ました。この通り見た目などは小澤様のような人間となにも変わらないように見えましょうが、私どもは別種族の者です。そして、小澤様が先ほどなされたように魔法を自然に打ち消す事のできる存在を『アンチヒューマン』私達の世界で言う反魔法体質の存在と呼ばれる者なのです」


「はぁ……」


 ご丁寧な説明になんとなく理解はしたが、理解していない。矛盾していると思うが今はそんな心境だ。

 つまりはこの爺さんの言う別次元の世界『エクセルート』とやらでは魔法やらなんやらが普通に存在していて、何らかの理由で二人はこちらの世界に来ているってことだろう。……でもまだ、納得できない。


「わかった。あんたの言うその世界の事やら魔法の事は百歩、いや万歩譲って認めよう。……だけど、なんで俺がその『アンチヒューマン』とやらなんだ?」


どこにでもいる、しがないサラリーマンの父親とちょっと頭の弱い母親から出来た俺がそんなわけのわからない物体なわけがない。


「それは……」


「あー長いわよ!説明がっ!……爺、もう私帰るから」


 まだ数分と経っていないが待ちきれなくなったのか、履き捨てるようにそう言うと右手を挙げて人差し指を立ててみせる。


「お待ちください!お嬢様!小澤様、申し訳ありません。後日詳細の方を……」


 急ぎながらも最後まで丁寧に一礼をしてから、さっそうと駆け寄って行く。身長が俺より小さいくらいの小柄な体をしている老人だったが、蒼井サクラの隣に立つといかに彼女が小柄なのかが際立ってわかる。


「あっ……」


 瞬きをしたその瞬間、二人は跡形も無く消えてしまっていた。数十秒間、そのままボーっとしていると辺りが暗くなってきている事に気がつく。辺りを染めていた夕日はもうその姿を消してしまっていた。

 夢だったんじゃないか? そう思えるくらいに摩訶不思議なことがついさっきまでこの場所で行われてたとは思えないくらい何の痕跡もなかった。これも蒼井サクラ、あいつが言ってた『結界』とやらの力なんだろうか? あれだけ凄まじい炎が渦巻いたというのに、地面には焦げた跡すら残っていなかった。氷のヤリのようなやつだって、地面やフェンスに直撃したはずだってのに、どこにも穴の開いた箇所などなかった。見えるのは青々しいコケの絨毯とさびついたフェンスうくらいのものだった。


「……わけがわからない」


 無駄に謎だけ残して勝手に去るなんてどれだけ理不尽な奴らなんだ。というか本当にアレは蒼井サクラ本人なのか? 別人にも程がある。いや、蒼井サクラがどんな奴なんだかさえ良く知らないんだから別人かどうかなんて事はわかるはずもないんだが……噂で聞いてたような『蒼井サクラ』ではなかったな。あれが本当の姿なのか? それとも実は双子で、今さっき出くわした理不尽極まりない美少女はその双子の片割れって事か?それか二重人格って事もありえる。

 というよりも、なんだアンチヒューマンってのは? 何故に俺がそんなわけのわからない生物なんだ? しかも、もしそうだとしても何で殺されかけなきゃいけないんだ? 俺はあんたらに怨みを買うようなことは米粒ほどに思いつかないんだが、あの爺さんの言ってたナントカっていう世界では俺のような奴は存在しちゃいけないっていうのか? 別に良いじゃないか、こっちの世界にはあんたらのような超常現象的なな技を使える奴なんてそうそう……いや、いるはずもないんだからな。

 クエスチョンの渦の中に巻き込まれてボーっとしている姿が滑稽に見えていたのか、いつの間にか一羽のカラスがフェンスの上に止まって俺の事を凝視していた。黒豆のような真っ黒で小さな目が合う。少しの間睨み合いが続いた後、見下すようにひと鳴きしてみせてから悠々と頭上を飛び去って行った。


「……帰ろう」


 どっと疲れを感じ、ふらふらと歩きながら出入り口の錆びたドアノブを握る。


「ちょっとあんたっ!」


「うわっ!?」


 ヨロヨロと後ろに身じろぎながらなんとか尻餅をつくのを避ける。ドアを開けてみるとそこにはついさっきまで理不尽なまでに超常現象を引き起こしてくれた張本人が現れたのである。腰に手を当て、眉間にしわを寄せながら目を釣り上がらせる。


「何びっくりしてんのよ?ダサいわね!」


 普通いきなり消えた人がいきなり現れたら万国万民がびっくりするに決まっているだろうが。

 こちらが何か言い返そうとする前よりも先に小さな唇が開く。


「まあ、いいわ。あんた、明日から私の下僕だからそこの所ちゃんと理解しときなさい」


「……はぁ?」


 つい、口からこぼれてしまった。何を考えているんだこの女は。


「その馬鹿面どうにかならないの? ……あーそれと、私の命令は絶対だから」


「……いや、ちょっと待て! 全く理解不能なんだが」


 と言い終わる頃にはその姿は見えなくなっていた。空しく自分の声だけが階段の響く。ゲボクってなんだ? まさか付き従える者とかそういった意味を持つ下僕の事か? というか俺の知識には決してそうであってほしくないんだが、その意味しか思い浮かばない。


「……下僕? 全くわけわからんっ!?」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ