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第七話『放課後メタボリックシンドローム』


 そろりそろり……

 先生にばれないように抜き足、差し足、忍び足で教室に静かに入り込む。

 なんて事をしてもなんの意味もないので、なんて事もないような顔をして黒板のある方とは逆の入り口の方からから普通に入る。


「ん、君達、松岡と小澤だろう?いままで一体なにをしていたんだ?五時間目もサボったそうじゃないか」


 英語の教師、平塚がチラッとこちらに顔を向けてそう言い放った後、すぐに顔を向きなおし、黒板に長ったらしい英文を書く作業を再開する。授業の終わりが近づいているせいで、あせって書くため字がとても汚く見づらい。

 平塚は、いつも授業の進行スピードが遅く、だいたい最後の5分くらいになって急ぎ始める。そのせいで俺達生徒は毎度とてつもなく迷惑しているのだが、一向に平塚の野郎は直そうとはしない。今度、校長にでも訴えてみるか。

 ……さて、ここは効果あるのかどうかはわからないが、軽く言い訳でもしてみるのがセオリー。少しでも罪は軽くしておいた方が良いだろう。だいたい、昼休みから今までぐっすりすやすやと眠りにふけってました~。なんて馬鹿なこと言えるはずなしに、俺はそんな正直者でもない。片手で下腹部の辺りを軽く押さえながら、眉をしかめていかにもっぽい声で返事する。


「すいません、ちょっと具合が悪くて保健室に……」


 我ながらなかなかの名演技だ。これならトロい平塚のヤツは少しは騙されてくれるは……


「俺は、オリジナルダンスの練習してたさぁっ!んでもって修平は俺の横でぐっすり昼寝してたんさっ!なっ?」


「………」


 まぁ、来るとは思ったよ。ああ、思ってたさ。


「……そういうことで良いのかな? 小澤」


 気づくと、すでに教室内にはクスクスと笑い声がこだましていた。教科書で顔を隠しながら笑う者、にやにやと笑いながらこそこそ話す者。いまさら言い訳しようにも意味をなさないことが見て取ってわかる。


「……はい。すいません」


 ルンルンと調子良く席に座った松岡とは対照的に、うなだれるようにして自分の席に座ると、ちょうどよく流れてきた授業終了の鐘の音と、破裂した風船のように我慢できなくなったクラスメイトの爆笑する声が、教室の外にも濁流のように流れだしていった。

 

 はあーめんどくさっ。








 窓から差し込むオレンジ色の夕日が下校時間であることを知らせてくれる。教室にはいつものように溢れかえっている生徒達の姿は見えず、しんと静まりかえっている。はずなんだが「1-1」の教室は違った。国語の教師兼1-1クラスの担任を受け持つ斉藤が一人の生徒に延々と長ったらしい説教をしている。その一人の生徒とは……はぁ、俺のことである。

 机を向かい合わせにして座り、休むことなく口を、顔を、体型とは対照的に機敏に動かしている。


「……小澤、先生はお前のことをそこまで悪い生徒だとは思っていないんだがな。欠席するということは入学当時よくあったが、あれは体調を悪くしてのことなんだろう? 体調を治してからというものの真面目に遅刻もせずに頑張っていたじゃないか。それなのに今日、いきなり5~6時間目ほとんどまるまるサボったそうじゃないか……」


 ……今日は本当に嫌な事ばかり続いてしょうがないな。今朝に感じた嫌な胸騒ぎはこの事だったのか?いや、もうどうだって良い。もうこれ以上変な事は起こらないだろう。いや起こらないでくれ、俺の体がこれ以上持ちそうにない。外側というよりも内面がな。どこぞの誰かさんみたく心臓に毛の生えたような、いやいや、心臓がゴキブリのような、そんな強靭な精神の持ち主じゃないんでね。


「……そうそう、平塚先生が言っていたぞ。サボってた理由が昼寝をしていたんだって? 昨日、ちゃんと寝れてなかったのか? 高校生になったからといって夜更かしはいかんぞ。夜更かしは。まだまだ育ち盛りの時期なんだからな、朝昼晩ちゃんと飯を食い、決まった時間にちゃんと寝るんだ。そうしないとちゃんと身長が伸びないぞ? まぁ、小澤はそんな高くもないが低くもないからもう伸びなくても良いかもなんてことを考えてるかもしれないが……そうだ、最近の若いもんはインスタント食品ばかり食べて……」


 明日は土曜日か。それじゃ今日はぐっすりこってり眠れるな。昨日、夜中までゲームをやっていたせいでなんだか体がダルイ。今日の色々といった出来事もその原因に多く含まれる事は間違いないが。だいたいあんなくだらない携帯ゲームに夢中になってしまった自分が本当に情けない。

 一応ボクシングを主体としたゲームなんだが、ただ単にトレーナーのようなおっさんが(某有名漫画に出てくるような眼帯をした、とは言わない)ミットを持ち、「打てっ!」といった言葉が画面に出た瞬簡に携帯の真ん中にある決定キーを押し、それをミスせずに何回できるかを競うという、反射神経だけでやるようなゲームだ。こんな単純でくだらないゲームなんだが、意外にも単純なゲームほど面白かったりするなんていう罠に見事引っかかり何時間も没頭してしまったわけだ。しかも、ランキング形式になっており、だんだんやっていく内にコツがわかってきて、最終的には自分が50位以内に入ってしまうという、全くもって意味のない快挙をはたしてしまうわけだ。

 我ながら、こんな無駄なことに労力を使うくらいなら1時間でも多く眠っておけば良かったと今更ながらも後悔する。


「……そろそろ梅雨の時期に入って、授業にも身が入らなくなるかもしれないが、それでも真面目に出るんだぞ?そうだ、集中力が途切れてしまうって言うんなら本を読んでみたらどうだ?本は良いぞぉ~!活字に慣れ親しむってのも立派な勉強のひとつだからな。そうだな、なんなら先生のおすすめの本を教えてやろう。先生はサスペンスやホラーも好きだし、だいたいのジャンルを好き嫌いせずに読んでるんだが。小澤にはそうだな、SFファンタジーなんてどうだ?今の若いもんはこういうのが大好きだろう?それか、恋愛ものなんてどうだ?このジャンルは先生は少しばかり苦手なんだが……ん?」


 あぁ~腹減ってきた。今日の夕飯はピーマンの肉詰め。それを食べるためだけに今日を生きてきたといっても過言ではない。

 いや、言いすぎだったな。何故なのか知らないが母親の『それ』は美味だ。果てしなくジューシー、それでいて飽きのこない感覚を衝撃の輪廻へと突き落とすかのような、まるで核兵器を思わせるかのような破壊力。鮮やかな緑は女神の羽衣に包まれているかのごとく、その中には命が、味が、深みが、そうそれは、銀河を彷彿させるエクスタシー。

 と、言っててだんだん訳がわからなくなってきたが、とにかくたまらなく美味いのだ。何度か真似て作って見せたが、何かが足りない。いや、美味いことには美味いんだが絶対的な何かが俺のは欠けてしまっている。奴め、一体どんな魔法を使ったと言うんだ。


「…おい、小澤。聞いてるのか?」


 日曜日辺りにでもまた挑戦してみるか? いや、それもなんだか面倒くさいしな……だが、あの味を自分の手の内に秘めることができたとしたのなら、それはそれは至福な日々を過ごすことが出来る。母親にわざわざ作ってくださいなどと懇願する必要さえ無くなるのだからな。いっそのこと調理方法を伝授してもらうか? いやいや、あの母親のことだ。教えてほしいなどと吼えて見せたなら、にやりと笑ってあざけ笑うだろう。それだけは勘弁してほし


「……おざわぁっ!!話をきけぇぇいっ!!」


「うわっあ、はいっ!すんませんっ」


 斉藤の雷が落ちたんじゃないかと思うような馬鹿でかい声のせいで飛び上がりそうになった。心臓が飛び出るかと思ったよ。

 顔を真っ赤にさせた斉藤は、何回か深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから、ゆっくりと口を開く。


「……ふうっ、大きな声を出してすまない。先生ちょっと大人気なかったな。でもな小澤、人が話している時はちゃんと目を向け、耳をむけ、心で聞くんだ。わかったか?」


「はい、すいません」


 そう、無機質に答えるともう一度深いため息をこぼしてから、席を立ち窓の縁に手をかけぼんやりと外を見つめだした。夕日が当たり無駄なほど哀愁の感じるその背中を見て、なんだか俺の心は切なく……いや、どうでもいいから早く帰らせてくれ。


「……なぁ、小澤。前々から思っていたんだが、何でお前はそんなにやる気がないんだ?」


 いきなりの核心を突いた質問にぎくりとしてしまった。いや、なにが核心なのかはわからないが、なんとなく頭の中を覗かれたような気がして気分が悪い。

 斉藤はそのまま顔を校庭に向けたまま続ける。


「いや、やる気のない生徒は他にもたくさんいる。……だけどお前はなんだかわざとそうしているような気がするんだ。違うか?」


 さぁ?どうだかね。


「いや、そんなことないと思いますけど……」


 なんのことだかさっぱりと言った表情を作って見せる。すると、斉藤はいきなり表情を曇らせはじめて、小さな声でぼそっとつぶやく。


「……やっぱり、あいつのせいなのか?」


「あいつ、って?」


 窓に向けていた顔が瞬時に俺に向けられ、強張るような真剣な表情で俺を見る。なんか気持ち悪いなおい。


「あいつと言ったらあいつしかいないだろう?……『松岡圭吾』お前の相棒のことだ」


「……はい?」


 なんで松岡?…いやいやまず相棒と認めた覚えは一かけらもないんですが。


「あいつがお前に悪影響を与えているんじゃないか?と先生は思ってるんだが……違うか?」


 はい、その通りです。ですからあいつを即刻退学処分にしてください。というかできるだけ目に届かないところにやってくれるなら、もうそれだけで最高ですっ!

 と大きな声で訴えてやりたい所だが止めておこう。だいたいあいつに悪い影響を受けてるというより、ただ単に、そして大いに迷惑被ってるだけと言ったほうが大いに正しい。


「松岡が、あいつがいるせいでお前は学校にも来るのが面倒で、授業を真面目に受けるのも嫌だからそんな風にしているんだろう?」


 なにをいきなり勘違いをしているんだメタボリック?

 た、し、か、に、今日もあいつの顔を見なければいけないと思うと、そりゃベッドから体を起こしたくなくなるわ、学校に行く足取りも重くなるわ、と感じることもしばしばあるが、別にそれとやる気は関係ないだろうが。しかも、あいつは体育以外の授業中には比較的に良い奴になるんだがね。9割がた寝てるから。


「先生」


「なんだ?」


「考えすぎなんじゃないですか?」


 とうとう脳まで脂肪に汚染されてしまったんじゃないか?


「いや、あいつがいけないんだろう?現に松岡は放課後、教室で待っていろと言ったのにもかかわらずダッシュで逃げ帰ったじゃないか!お前も逃げようと思ったんだろう?」


 勝手な憶測で判断するんじゃないメタボリック。俺はいち早く家に帰り、テレビなどをたしなみつつも夕食にいち早くありつきたかっただけだ。松岡の真似をして逃げるだなんて言語道断。俺は俺のため俺自身の判断で逃げたのさ。

 じゃあ、なんでここにいるのかって?……捕まったんだよ。松岡の奴め、音の壁を越えたと思えるんじゃないかと思うくらいの速さで教室から脱出してやがった。現に俺が見た時にはもう、教室から姿を消していた。まるで、そこに最初からいなかったかのごとく……そうか、いなかったんだな。


「いや、あー……俺はトイレに行こうとしていただけですよ」


 最後に苦し紛れの嘘をついてみる。あいつと一緒にされるというのが嫌だったんでな。いやもうこの際どうでもいいんだけどな。そう言うと、まだ「いや松岡が…」あーだのこーだのとぶつぶつつぶやいている。

 だいたい、このメタボリックマシンはなんでこんな無駄に熱血なんだよ。あんた担当教科は国語だろうが。国語の教師ってのは得てしてインテリ系って相場が決まってるだろうに。「趣味は読書にスポーツだ」なんて言ってこともあったが、じゃあなんだその腹は。あんた体力ないだろうが。好きなスポーツって言っても温泉に行ったときに何故にか存在しているピンポンで一汗流しているくらいのもんだろうが。 しかもなんだ?なんでそんなに松岡に執着するんだ?

 だんだん斉藤の松岡への訴えは激しさを増していく。


「絶対あいつがいけないんだ!絶対に。あいつはいきなりいたるところにいる女子にちょっかいを出して、あげくの果てには『松原先生』にも手を出しやがったんだ!絶対にあいつがいけないんだ!ゆるせんぞぉぉ!」


 あぁ、そういうことか。というより斉藤よ、キャラ変わってきてないか?

『松原先生』とは『松原 真知子』通称『マチコ先生』生徒(特に男子)から大人気を誇る理科の教師のことだ。

『歩くグラビアアイドル』などの通り名を持つほどにナイスなボディー、さらにはロリコンマニアをくすぐるかのごとくの二十歳を超えてもいまだに幼少期の面影が残るその幼げな顔は、まるで首から下だけ成長させてしまったのではないかと思えるほど。そして、あげくの果てには水素や炭素の『素』の部分を『す』と読んでしまい、『すいす、たんす』などと言ってしまうほどの天然さを兼ね備えるという、もはや死角なしの奇跡の女教師。(よく教師になれたなというところで奇跡)普通なら大爆笑するところなのだが、それさえ惜しまれるほどの可愛さに男子諸君は涙ぐみながら頷くばかりだ。

 松岡いわく、『蒼井 サクラ』が天の女神様なら、『松原 真知子』は地上の女神様らしい。

 つまりは、こういうことだ。まあ、噂にもなっていたんだがメタボリック斉藤はマチコ先生にぞっこんということだ。そして、一時期暴走していた(episode~3~参照)松岡の馬鹿がマチコ先生に手を出して、(ただ単にむちゃくちゃな告白しただけだろうが)それを知った斉藤は個人的な怨みがあるというわけだ。

 だが斉藤よ、あきらめた方が身のためだぞ。おまえなんぞにあのプリティーエンジェルは釣り合わなさ過ぎると言うものだ。せいぜい同僚という枠におさまって満足することだな。

 それにしてもマチコ先生の事だから、あの馬鹿の無茶苦茶な自己中心的告白なんかでも、顔を真っ赤に火照らして必死に断ってくれたんだろうなぁ……うんうん。あんな野郎のこと、空気のように扱ってくれても一向に構わないのに。

 ん? そういえばあの馬鹿。なんでいきなり暴走を止めたんだろうか? いや、そりゃ止めてくれて幸いこの上ないんだが、あまりにもいきなりだったんで、少し気にはなるな。飽きたのか? いや、たしかあの時なんだか様子がおかしかったような気が……まぁ、どうでもいいことか。


さて……―――。


「あの、先生」


「……ぬわんだぁっ!?」


 いまだに一人でぶつぶつと喋っている、もうすでに野獣化してしまった哀れなメタボリックモンスターに声をかけると、目を血走らせながらも俺にその無惨な顔を向ける。

 あんたが言いたいことは痛いくらいわかったよ。明日にでも、いーや今すぐに松岡の家にでも行ってそのうっぷんを晴らしてくれてもくれても構わない。なんなら病院送りくらいな犯罪めいたこともやっても良い、俺が許可しよう。

 だから、ひとつだけ俺の頼みを聞いてほしい。

 俺の願いはただひとつ。


「もう帰って良いですか?」




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