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第十一話『ある雨の日のこと』

 今日は雨だ。どんよりとした雲が空一面に漂い、地上に小さな雫を何千、何万、何億とひっきりなりしに降らせている。

 家に何本かあった内の一番綺麗なビニール傘を差して、降り注ぐ雫を退けながら歩きなれた道を歩いていると、お揃いの水色のカッパを着た少年と少女が嬉しそうに手を繋いで歩いている。兄弟なのだろうか、それともご近所同士の仲の良い友達なのかもしれない。まだ新しめの長靴でわざと水溜りに入ったりして嬉しそうにキャッキャッと楽しんでいる。

 基本的に俺は雨が嫌いだ。そりゃ、さっき見かけた少年少女のように幼い頃は雨が降り出したと同時に外に飛び出して、キャッキャッと楽しく遊んでいたのかもしれないが、今は違う。何故かはわからないが年を取ると共に雨が嫌いになっていた。というよりもこの年にもなれば雨の日が好きだなんていう日本人はそうそういないんじゃないだろうか? 農業などの仕事に就いてる人など、特定の人以外は。夏のうだるような強い日照りが続いた日に突然降る雨なんかは、鬱陶しいと思う反面、気持ち良いと思うこともあるが。それ以外は別だ。しかも、いまの時期の雨は最悪というより他にない。じめじめっとした感触が肌にまとわりついて離れないようなこの気だるさがどうにも鬱陶しい。

 この梅雨の時期の雨は日本人の誰もが好まないだろう。好きだという人がもし、この日本にいたとしたなら、生涯顔を合わせたくはないな。絶対に気が合うとは思えない。


「しゅうへ~い!おーいしゅうへ~い!」


 朝っぱらから聞きたくない声ぶっちぎりナンバー1が傘も差さず走り寄ってくる。


「おはようっ!しゅうへぃ!」


 毛先から雫がぽたぽたと垂れ落ちている。ワイシャツもズボンも上から下までびしょ濡れになっていてなんとも無様な姿だ。


「……おい。なんで傘差してないんだよ?まさか「雨が降ってることに気づいていなかった~」なんてオチじゃないだろうな」


 こいつだったらありえない話じゃない。びしょ濡れになりながらも笑顔で親指をぐっと立てる。


「そりゃあ、俺ってば雨大好き人間だからさぁ!特にこの季節の雨は大好物さぁ!」


 どんなスーパーコンピューターを用いても理解不能だろう。やはり、お前とは一生気が合いそうもないな。むしろ合いたいと思ったことなど一度もないのでこの上なく幸いだ。


「だからってびしょ濡れになることはないだろう?」


「そりゃあ、久しぶりの雨だからさぁっ!う~ん気持ち良い」


 まるで答えになっていない。久しぶりの雨はびしょ濡れにならないといけないなんて常識、俺の辞書には存在しない。いっそのこと、野生に帰ったらどうだ?それの方が地域の住民が助かるってものだ。特に、俺がな。

 そんな雨男、雨大好き人間、つまりはバカを横に、通学路をいつも通りに歩く。こうしていると、二日前、土日の連休に入る前に起きた出来事がまるで嘘のようだ。というより嘘であってほしいのだが……いや、実際は夢だったんじゃないか?

 学年の神がかりアイドル的存在がいきなり消えたり現れたり、火を出したり氷を出したり、変な爺さん助けに入って来たり、あげくの果てには自分はこの世界の者じゃないとか、ナントカ言い出したと思いきや、今度は俺を奴隷にするだのなんだの……よくよく考えて見ればありえる話のわけがない。

 ここはそんな超常現象なんて無縁の地球で日本で平和な町、榊町だぞ? 銀行強盗や引ったくりの類さえ起こらない位、馬鹿みたいに平和な榊町なんだぞ? あはは、俺もゲームのやりすぎで変な夢でも見たに違いない。


「うーん?あらら、また修平ってば難しい顔してるなぁ?」


「……いや、気のせいだ」


 夢を見た。気のせいだ。あぁ、嫌でもそう思いたい。





「………ということであって、この文章には作者のこういった思いが込められているというわけだ」


 いつも通りメタボリックな斉藤のメタボリックな声を聞き流し、うわの空状態で国語の授業の時間が過ぎていく。外を見てみるとどんよりとした雲が休む事なく雨を降らせていた。

 校庭に大きな水溜りが出来ている。もう、あそこまで行くと沼か池のようだな。まぁ、お子様達にとっては楽園のようなものだろう。ふっ、と今朝、登校中に見かけた少年少女の姿が思い浮かぶ。きっとあの子らも長靴を履いて、色とりどりのカッパを着て泥まみれになりながら思う存分遊び、家に帰ると母親にきつく叱られたりするのだろう。俺がそうだったからな。

 色々と考えすぎて靄がかかったようなぼーっとした頭にはそんなどうでもいいような事が思い浮かぶ。


「おい、小澤。ぼけーっと外ばかり見てないで集中しろ」


「あっ、はい。すいません」


 素っ気のない返事をして黒板に向き直る。そういえば、斉藤の奴はこの連休の間に松岡に復讐(?)してやったのだろうか? まあ、朝っぱらからのあの馬鹿っぷりは何もなかったということなんだろう。ひょっとしたら何かしらあったのかもしれないが本人は全く気づいていない、なんていう落ちだろう。斉藤よ、今度は殺す気でいかないとダメだぞ。


「あーそれじゃ、小澤。87ページの4行目から読んでくれ」


「……え? あっはい」


 いきなりの無茶振りに……いや、今は授業中なんだから無茶振りでもなんでもないんだが、いそいで87ページを開く。


「4行目、4行目、えーっと………後ろを振り返ると、そこには少女の姿があった。その姿を目に捉えた途端に喉の奥が熱くなる。景色が滲んでくる。私は少女に聞かなければいけない事があった。涙が溢れ出そうなのを必死に堪えて、まるで自分に言い聞かせるように、ゆっくりと、口を開いた『4時間目が終わり次第、屋上に即刻来なさい』そう聞くと少女は陰鬱な表情で私の事を見つめて、ニコリと笑った………―――は?」


 今、わけのわからない文章がさりげなく混ざっていたような気がしたのは気のせいか?


「うん? おーい、小澤。一体どこを読んでるんだ……まぁ、いい。次の所を……ってたまには真面目に授業を受けろおおっ! 松岡ああっ!」


「はうん?……いんやぁ~………そんなにサイン書けないからぁ……ちゃんと並んでくれぇ……ムニャ」


 幸せそうに寝言をつぶやく松岡に対して、斉藤は今にも飛びかからんと言わんばかりに顔を真っ赤にさせながら、なんとか留まる。

 まぁ、毎度毎度一番前の真ん中(つまり、教師の目の前)の席で堂々と寝られてちゃ、どの教科の先生も怒り出してもおかしくないだろう。ましてや斉藤なんてわけのわからん怨みパワーまで追加されているんだから尚更だ。


「くうぅっっ! 全くもってお前は何のために学校に来ているんだ! もう良いっ! 次、岡島っ!」


「はい。……「お姉ちゃんはどうしてそう思うの?」表情を変えずに淡々とした口調で聞き返してくる。私は……」


 何事もないまま進んでいるが、さっきのは一体なんだったんだ? 屋上に来いだとか書いてなかったか? 途端に頭の中に『アイツ』の顔が浮かび上がる。……いや、きっとなんかの間違いだ。これはきっとノイローゼかなんかで変な文章に見えてしまっただけなんだ。うん、きっとそうだったに違いない。


改めて87ページを見直してみたが、そんな文章はどこにも………


「……うわっ!?」


 驚きの余りについつい声を出してしまった。国語の教科書がバサバサッと音を立てて地面に落ちる。

 突然の奇声にもちろんのこと皆の視線が自分に集まる。斉藤なんか目をぱちくりさせながら呆然とする始末だ。


「……どうしたんだ、小澤?ゴキブリでも出たか?」


 周りの女子が小さな悲鳴を上げる。いやいやゴキブリ程度ならどんなにマシだったろうか。


「……いや、何でもないです。すいません」


 そうか? と余り気にしない素振りを見せて、朗読を再開させる。俺はみんなの視線が教科書に戻ったのを確認した後、地面に落とした教科書を拾うと、恐る恐るページを開いて見る。


「………なんだよ、これ?」






『4時間目が終わり次第、即刻屋上に来なさい』






 文字がなんだかぼやけて見えると思った瞬間、ページぎっしりと『コレ』が浮かび上がりついつい声を上げてしまったというわけだ。もしや、と思いぺらぺらと違うページもめくってみたが、全てのページにぎっしり延々と書かれていた。なんかの暗号だとしか思えない。

 ……『アイツ』だ。

 思わず身震いしてしまう。4時間目終わり次第に屋上だって? 一体今度は何だって言うんだ。また、先週のような事をされるのは一生ゴメンだぞ? あれやこれやと拷問のようなイメージが浮かぶ中、良い考えが思いつく。

 うん、早退しよう。

 アイツを回避するのはこれしかない。こんな死刑宣告みたいな命令は逃げるが勝ちだ。いかにも調子悪そうな顔をして斉藤に「すいません、具合悪いんで……」とか何とか申し出て、保健室に行き、早退許可書を書いてもらい逃げ延びるしかない。そうとなれば、決断した俺は頃合を見計らいゆっくり手を挙げる。


「ん?どうした?」


「あの……」


 我ながらいかにも、な顔を装っているその時、開かれていたページの文字が激しく動き出すのに気づいた。文字が変化したりバラバラになったかと思いきや、ピタっと動きを止めた文字達の配列を見て、愕然とする。






『逃げようなんて思わないこと。殺すわよ?』






 口を開けたまま体が緊急停止する。延々と羅列している文字達がまるで悪魔のように見える。


「おいおい小澤。今度は一体何だって言うんだ? クモか? それともムカデでも出たのか?」


 ムカデ? クモ? そんなの可愛いもんだろう。


「あの……」


「だから、何だ?」


 逃げろ逃げろ、と緊急避難信号が身体のいたるところから発信しているのを、無視する形で搾り出すように、俺は斉藤に告げる。


「……トイレ行って来て良いですか?」





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