かくして勇者の故郷は灰燼に帰した
聖剣に選ばれし勇者とその仲間達が邪悪な魔王を討って早三年が過ぎたけれど、勇者の故郷であるハジマリ村には何の恩恵も無かった。
税金が減ることも、村に新しい施設が建てられることも、何なら勇者達が凱旋することも無かった。
ハジマリ村から歩いて一日ほどの距離にあるサイショノ街では、新しい女神神殿が建てられたおかげで大層潤っているのに。
たまりかねてハジマリ村の村長以下、代表達は帝都マンナカへと向かった。
帝都で少し遊んだ時、彼らは酒場で耳にした。
「おい、オキレイ姫様と勇者様のお子が生まれたそうだぞ。元気な男の子だそうだ」
「へえ、じゃあシアワセ公爵家の跡取りが出来て、万々歳じゃないか!」
……何だと?
代表達は腹が立ってきた。
ハジマリ村で彼らが汗水垂らして田畑を耕している間に、勇者ときたらたった一人で幸せを謳歌していたのだ。
許せなくなった彼らはそのまま帝国城に突撃したが、当然ながら門番達に行く手を阻まれる。
「通して下さい!ワシらは勇者の故郷ハジマリ村のモンです!勇者に会わせて下さい!」
「またか。帰れ、帰れ!あまり煩くするなら地下牢に放り込むぞ!」
面倒くさそうに門番達に追い払われた所為で、代表達は余計に怒りを溜めていく。
かくなる上はお偉方に直訴しか無いと思って、彼らは帝都の中央通りで貴人の通りがかるのを待ち構えた。
すると護衛を引き連れた、いかにも貴族の顔をした青年が立派な馬に騎乗してやって来たので、彼らはその前に飛び出したのだった。
無論、護衛達が彼らを取り押さえたが、その拍子に不幸が起きた。
「うわーっ!?」
代表達の荷物から携帯用の魔法灯が吹き飛んで、それからこぼれた燃料が貴公子の馬の足をほんの僅かに焼いたのだ。
馬は当然ながら暴れ、耐えきれず貴公子は落馬する。
「貴様ら!ミカタ皇太子殿下に何という狼藉を!」
彼らは瞬く間に捕縛され、地下牢に放り込まれたのだった。
地下牢の中で彼らは泣きながら一週間は訴えた。
無実の罪であること。
ただ勇者に会いに来ただけであること。
外に出してほしいこと。
その訴えが届いたのか分からないが、いかにも身分のある落ち着いた老人が彼らの前に姿を見せたのだった。
「我が輩は賢者カシコーイじゃ。おぬしらがハジマリ村の者かの?」
賢者カシコーイ。
魔王を倒した勇者の仲間の一人である。
助かった!
ハジマリ村の代表達は一気に顔を明るくした。
「そうでさ!ワシらは不義理な勇者に、義理ってモンを教えに来たんでさ!」
不義理、と繰り返した賢者の顔に、僅かに――代表達が気付かない程度の――嘲りの表情が浮かんだ。
「ふむ、不義理とは何のことじゃの?」
「勇者はアタシ達ハジマリ村のみんなのおかげで育ったのに、何の恩義も返そうとしないんですよ!」
そう言ったのは勇者の幼なじみの村長の娘である。
「ふむ、ふむ。それはまた……」
白い顎髭をゆったりとなでつけて、賢者は訊ねた。
「では、具体的に義理について教えてくれぬかのう?例えば――ハジマリ村の者が寄ってたかって勇者殿の母親を虐め殺したこととか……のう?」
ぽかんとした表情のハジマリ村の代表達の前で、賢者は穏やかに言葉を続ける。
「そもそも勇者殿の父親はハジマリ村の誰なのじゃ?
寄る辺ない母親を村八分にして自殺させた後、幼い勇者殿に石を投げ、罵声を浴びせ、病に倒れたならば森へ捨てる……そうしたのは何処の誰じゃったかのう?」
「そ、そんなつもりは……」
村長が震えながら呟いたが、賢者は冷めた態度のままだった。
「そんなつもりであろうが無かろうが、貴様らが勇者殿にやったことは全て我が輩らも知っておる。
何せ勇者殿と心を通じ合わせている聖剣が、誰よりも貴様らのハジマリ村を滅ぼしてやると息巻いておったからのう?
我が輩達を止めたのは勇者殿じゃよ。
流石に勇者殿は立派なお心を持っておる、己を虐待して捨てたハジマリ村を滅ぼすことにたった一人反対して、強情にも押し通したのじゃからな……」
言葉も無いハジマリ村の代表達の前に、屈強な体格の戦士と神々しい格好の聖女、そして立派な杖を持った大魔法使いが姿を見せた。
魔法で、転移してきたのだ。
「何だカシコーイ爺さん、こんな連中とまだ話していたのか」
戦士は血まみれの斧を牢獄の壁に預ける。
「済まんのう、長話が好きなのは年寄りの癖じゃ。許せ、許せ」
全くもう、と聖女が微笑みながら訊ねた。
「それでカシコーイ様、この者達は……?」
「うむ、やはり『魔王の僕』であった」
もっともらしい威厳をもって、賢者カシコーイがそうだと認めた。
「あはは!」
と軽く笑ったのは年齢も性別も不詳の大魔法使いである。
「嫌だあ、カシコーイじっちゃん!勇者様が魔王を倒したんだから、『魔王の僕』なんている訳ないじゃーん!」
「しかしじゃよ?勇者殿を虐待した挙げ句に寄生しようと企み、皇太子殿下まで害し申し上げたのじゃから、処刑するにはそれなりの罪を着せぬとならんじゃろう?」
処刑。
その言葉を聞いてしまったハジマリ村の代表達は命乞いやら泣き叫ぶのやらで忙しかったけれど、大魔法使いが杖を一振りすると沈黙の魔法がかかって、一切の音がしなくなる。
「馬鹿ですわよねえ、本当に」
聖女が優美に微笑んでいる。
しかしカシコーイ同然に、その目は冷酷そのものであった。
サイショノ街で暮らす木こりが助けた勇者だが、あまりにも衰弱していた。
その勇者がサイショノ街の女神神殿に担ぎ込まれたのを、見習い聖女だった彼女が必死になって介抱したので――聖女だって仲間達の中では勇者がどれ程に悲惨な目に遭ったのを目の当たりにした者の一人なのだ。
「欲目を出さなければ、勇者様のお慈悲で命までは奪われなかったのに。
勇者様に寄生しようと企み、あまつさえ皇太子殿下にお怪我までさせたのですから、あの忌まわしい村ごと消されて当然ですわよ?」
その木こりの息子である戦士に至っては、ハジマリ村一つを焼き払ってもまだ暴れ足りないようであった。
「なあ、コイツらの処刑方法は何だ?カシコーイ爺さん」
ふむ、と賢者は考え込む。
「『魔王の僕』である上にミカタ皇太子殿下を害し申し上げたから、火炙り、良くて磔刑と言うところじゃが……これを聞けば勇者殿が間違いなくお心を悩ませるであろう。
とは言え、こやつらを生かしておくべき理由が一つも無いからのう……」
愛する家族が出来て、ようやく幸せになれた勇者の邪魔はさせない。
勇者が帯びている聖剣もそう言うと、彼らには分かっていた。
「じゃあ僕に頂戴!ゾンビの研究がしたかったんだ!」
思わず、大魔法使いの方を勇者の仲間達は向いた。
しばらく凝視してから、賢者が聖女を見つめる。
「人体実験は女神様の教えでは禁止されていることじゃが、聖女よ、どう思う?」
「あら?私、今うっかりしておりまして……何て仰いましたの?申し訳ありませんが、聞こえませんでしたわ」
「俺もだ。嫌だなあ、年を取るって!」
適当なことを言う聖女と戦士、それとニヤリと笑う大魔法使いの前で、賢者は怒る。
「年寄りの前で年老いることを嫌うでない!」
何とも楽しそうに声を上げて。
戦士と聖女と大魔法使いは、かつての旅の最中のように一緒に笑った。
「まあまあ、爺さん怒るなよ。それよりこれから姫様と勇者の二世を見に行く約束だろ?」
「何でも噂では勇者様にうり二つだそうですわね」
「えーっ!じゃあ将来は勇者様そっくりのイケメンのナイスガイ間違いなしだ!」
涙を流して震えているハジマリ村の僅かな生き残りの前から、彼らは仲良く去って行った。
かつての旅の中で勇者は信頼する仲間を守りぬき、かくして旅の後では仲間達は敬愛する勇者を守り通しました。
故郷には恵まれなかった勇者だけれど、仲間や味方には本当に恵まれたのです。




