第51話 本当のプロポーズ
王妃教育が始まってから、数週間が過ぎた。
日々は忙しい。
外交の基礎、社交界の力学、王城の歴史。
だがレティシアは、驚くほど自然にそれらを吸収していた。
「……やはり」
教育官のマルグリット夫人は、書類を閉じる。
「あなたは、すでに王妃の資質を持っています」
「まだ学ぶことは多いです」
「それは当然です」
夫人は微笑んだ。
「王妃とは、完成するものではありません。
王と共に、作られていくものです」
その言葉は、レティシアの胸に静かに残った。
*
その日の夕方。
アレクシスが珍しく予定を空けていた。
「少し付き合え」
そう言って彼女を中庭へ連れ出す。
春の風が柔らかい。
花が咲き始めている。
「今日は、静かですね」
「わざとだ」
短い答え。
「誰も近づけていない」
レティシアは少し首を傾げる。
「何かあるんですか?」
アレクシスはしばらく何も言わなかった。
そして、ゆっくりと振り返る。
普段と変わらない表情。
だが、どこか覚悟がある。
「婚約は、政治だ」
「はい」
それは二人とも理解している。
「だが」
一歩、近づく。
「それだけで終わらせるつもりはない」
レティシアの胸が、少し高鳴る。
彼はポケットから小さな箱を取り出した。
「……殿下?」
「これは」
箱を開く。
中には、繊細な細工の指輪。
王家の紋章ではない。
個人的なものだ。
「王妃としてではなく」
低い声。
「私の妻として」
一瞬、言葉を探す。
普段、迷いのない男が。
「レティシア」
彼女の名前を呼ぶ。
「私と共に生きてほしい」
静かな、しかし真剣な声。
「王としてではなく、
一人の男として」
それが、本当の意味でのプロポーズだった。
*
レティシアは、驚いた顔をしていた。
婚約は決まっている。
だが、こんな形で言葉にされるとは思っていなかった。
「……ずるいです」
小さく笑う。
「何がだ」
「逃げ道がありません」
アレクシスは肩をすくめた。
「逃げるつもりがあるのか」
「ありません」
即答だった。
レティシアはゆっくりと手を差し出す。
「あなたの隣に立つことは」
指輪が指にはめられる。
「ずっと前から決めていました」
彼女はまっすぐ彼を見る。
「私も」
静かに言う。
「あなたと生きたい」
それは王妃の誓いではない。
一人の女性としての答え。
*
アレクシスは、わずかに目を細めた。
そして、彼女の手を引き寄せる。
今度の口づけは、以前より少し長かった。
優しく、しかし確かなもの。
春の風が静かに吹き抜ける。
断罪された悪役令嬢は、
今や王の隣に立つ女性となった。
そして。
それは政治の結果ではなく、
二人が選んだ未来だった。
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