第50話 王妃教育
王城の奥にある小さな会議室。
そこは、王妃教育のための特別な部屋だった。
壁には歴代王妃の肖像画が並び、重厚な机が中央に置かれている。
レティシアは、静かに椅子に座っていた。
「緊張していますか?」
対面に座るのは、王太后付き教育官のマルグリット夫人。
長年王妃教育を担当してきた女性だ。
「少しだけ」
レティシアは正直に答えた。
「良いことです」
夫人は微笑む。
「緊張しない王妃は、だいたい失敗します」
辛辣な言葉だが、どこか温かい。
*
机の上には分厚い書類が積まれていた。
「王妃の役割は三つ」
夫人は指を立てる。
「外交、社交、そして――王の補佐」
レティシアは頷く。
その最後の役割は、すでに経験済みだ。
むしろ。
「補佐については、殿下の方が慣れていらっしゃるようですね」
夫人はくすりと笑った。
「あなたの名前は、王城でもよく聞きます」
「そうですか」
「ええ。
“第二王子の頭脳”と」
レティシアは少しだけ苦笑した。
それは誇張だ。
だが。
完全な誤解でもない。
*
数時間後。
講義は一区切りついた。
「正直に言いましょう」
夫人が言う。
「あなたに教えることは、あまり多くありません」
「……そうですか?」
「ええ」
彼女は資料を閉じる。
「王妃の仕事の半分は政治です」
一拍。
「そしてあなたは、すでに政治を理解している」
レティシアは少し驚いた。
評価されることには慣れていない。
夫人は優しく続ける。
「残りは、王を支えること」
それは技術ではない。
「愛情です」
レティシアの頬が、わずかに赤くなる。
*
講義が終わり、廊下に出る。
壁にもたれて腕を組んでいる人物がいた。
「……殿下」
アレクシスだった。
「終わったか」
「はい」
「どうだった」
レティシアは少し考える。
「思ったより、難しくありません」
彼は小さく笑った。
「そうだろうな」
*
二人は並んで廊下を歩く。
「王妃教育の内容は?」
「外交、社交、補佐」
「当たり前だ」
「それと」
レティシアは少し視線を逸らす。
「……愛情」
アレクシスの足が一瞬止まる。
「誰が言った」
「教育官です」
数秒の沈黙。
そして。
「正しい」
低い声。
レティシアは思わず笑った。
「そうでしょうね」
*
中庭に出ると、夕陽が差し込んでいた。
アレクシスはふと立ち止まる。
「王妃になることは」
珍しく、言葉を選んでいる。
「負担か?」
レティシアは首を振った。
「いいえ」
迷いはない。
「あなたの隣に立つことは、負担ではありません」
一歩、近づく。
「むしろ」
微笑む。
「望んだ未来です」
アレクシスの目がわずかに柔らぐ。
彼は静かに手を伸ばし、レティシアの手を取った。
「ならば」
低く、穏やかな声。
「王妃教育など必要ない」
「え?」
「もう十分だ」
彼の視線はまっすぐだった。
「君は、最初から隣に立っている」
レティシアは、少しだけ照れながら笑う。
王妃教育は続く。
だが、本当に必要なことは。
すでに、二人の間にあるのかもしれない。
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