第43話 本音の代償
断る、と決めた翌朝。
不思議なほど、胸は静かだった。
揺らぎは消えている。
怒りもない。
後悔もない。
ただ一つ――
昨夜の言葉だけが、はっきりと残っている。
――残ってほしい。
それは命令ではなかった。
懇願でもなかった。
欲望の告白だった。
*
隣国への正式な返書は、丁寧な辞退としてまとめられた。
カイルは最後に、静かに頷いた。
「後悔は?」
「ありません」
即答だった。
カイルは、ほんのわずかに微笑む。
「ならば、あなたは正しい選択をしました」
嫉妬も、皮肉もない。
「いずれ、国境は越えるでしょう」
「……その時は?」
「また声をかけます」
それは、敵対ではない。
可能性のまま残る未来。
彼は敵ではなかった。
“別の道”そのものだった。
*
使節団が去った後。
館は静けさを取り戻す。
中庭で、アレクシスと向き合う。
言葉はない。
昨日、すでに本音は出ている。
「……困らせましたね」
レティシアが、先に口を開く。
「困った」
あっさりと認める。
「だが、悪くない」
その言い方が、少しだけ柔らかい。
沈黙が落ちる。
以前なら、この距離は緊張だった。
今は、違う。
確かに近い。
それでも、まだ触れない。
*
「殿下」
「何だ」
「昨日の言葉は」
一瞬、躊躇う。
「……後悔していませんか」
彼は、迷わなかった。
「していない」
低く、はっきりと。
「だが」
一歩、距離が縮まる。
「言った以上、覚悟はする」
「覚悟?」
「君が、私の隣に立つことの」
その意味。
それは、公的にも私的にも重い。
ただの好意では済まない。
レティシアは、ゆっくり頷く。
「逃げません」
静かな宣言。
「今度は」
王城のときとは違う。
役割に縛られていたあの頃とは。
「あなたと並ぶと決めたのは、私です」
対等。
その言葉が、ようやく形になる。
*
アレクシスは、ほんのわずかに手を伸ばす。
昨日と違うのは、躊躇がないこと。
指先が、そっと彼女の手の甲に触れる。
一瞬だけ。
強く握らない。
確かめるように。
レティシアは、逃げない。
指先が触れたまま、視線を上げる。
息が、少しだけ近い。
鼓動が、はっきり聞こえる。
「……後戻りはできないな」
「望みません」
静かな応酬。
触れているのは、ほんのわずかな面積だけ。
それなのに、世界が変わる。
*
夜。
自室で、レティシアは窓辺に立つ。
今日、自分は一つの未来を断った。
だが、失った感覚はない。
選んだのだ。
高い場所ではなく、
隣に立つ場所を。
「……溺愛、ですか」
小さく笑う。
甘い言葉はない。
情熱的な告白もない。
だが。
引き止めない男が、
“残ってほしい”と言った。
それが、何より重い。
関係は、確定したわけではない。
だが、後戻りはしない。
次は、
公的な形が動き出す。
静かな選択は、
やがて、国をも巻き込む形へと進む。
逆転は、まだ終わらない。
むしろ――
本当の意味で、始まったばかりだった。
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