第41話 引き止めない理由
返答期限の朝。
レティシアは、まだ何も書いていない書簡用紙を前に、静かに息を吐いた。
合理的な未来は、あちらにある。
だが、心が静かになる未来は――。
ノックの音。
「入れ」
短い声。
アレクシスが部屋に入ってくる。
「まだ決めていないな」
「……はい」
隠すつもりはない。
彼は机の前まで歩み寄るが、距離は保ったまま立ち止まる。
「確認しておく」
低く、落ち着いた声。
「私は、引き止めない」
分かっている。
それでも、胸が少し痛む。
「理由は?」
レティシアは、あえて問い返した。
彼はわずかに目を細める。
「君が、私の言葉一つで未来を曲げる人間だからだ」
空気が止まる。
「引き止めれば、残るだろう」
断定だった。
「だが、それは――」
一拍。
「君が選んだ未来ではなくなる」
レティシアの指先が、わずかに震える。
分かっている。
彼は、自由を守っている。
檻にしないために。
「……優しすぎます」
小さく呟く。
「違う」
即座に否定。
「恐れているだけだ」
初めて、感情がにじむ。
「君が、後悔することを」
胸の奥が、強く締めつけられる。
*
「殿下は」
レティシアは、視線を上げる。
「私が行けば、寂しいですか」
あまりにも率直な問いだった。
数秒の沈黙。
「寂しい」
迷いなく答える。
「困るとも言った。寂しいとも言う」
だが。
「それでも、引き止めない」
その姿勢は、変わらない。
それが、苦しい。
引き止めてほしいわけではない。
けれど。
ほんの少しだけ、
“残ってほしい”と言ってほしかった。
*
「……私は」
レティシアは、深く息を吸う。
「あなたの未来を、狭めたいわけではありません」
「分かっている」
「でも」
一歩、近づく。
「あなたの隣に立つ未来を、
私の意思で選びたい」
それは、依存ではない。
縛られたいのでもない。
選びたいのだ。
彼を。
この場所を。
共に立つ未来を。
アレクシスの瞳が、わずかに揺れる。
「……君は」
低く、静かに。
「私を、困らせる」
初めて、ほんのわずかに笑った。
感情を抑えていた男の、わずかな崩れ。
*
「まだ答えは出していません」
レティシアは、書簡用紙を見つめる。
「ですが、分かりました」
「何がだ」
「私が選びたい未来は、
どこで働くかではなく」
一瞬、迷いなく言う。
「誰と立つか、です」
部屋が静まり返る。
これは告白ではない。
だが。
告白に限りなく近い。
アレクシスは、手を伸ばさない。
触れない。
ただ、確かめるように言う。
「後悔しないな」
「しません」
即答だった。
初めて、迷いのない声。
*
アレクシスは、ゆっくりと息を吐く。
「ならば」
低く。
「私は、君の選択を誇る」
それは、許可ではない。
対等な承認。
レティシアは、ようやく微笑んだ。
選ばれる側ではない。
選ぶ側として。
彼の隣に立つことを、
自分で決める。
その決断は、
もう揺らがない。
だが、まだ。
正式な言葉は、交わされていない。
溺愛は、次の段階へ進もうとしている。
あと一歩。
ほんの、あと一歩だった。
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