第39話 揺さぶる言葉
翌日、カイルは単独で再び館を訪れた。
名目は、制度詳細の確認。
だが、ロイドは小さく息を吐いていた。
「確認だけなら、書面で済みます」
「ええ」
レティシアも理解している。
彼は、話をしに来たのだ。
*
応接室。
今日はアレクシスは同席しない。
外交上、問題はない範囲だ。
カイルは柔らかく微笑む。
「昨日は失礼しました」
「率直な意見でした」
「率直すぎましたか」
「……いえ」
レティシアは、正直に答える。
「的確でした」
カイルは頷く。
「あなたの設計は、“崩れない”ことを前提にしている」
「それが制度の本質です」
「ですが多くの人間は、
“回っている今”しか見ない」
静かな視線。
「あなたは、未来を組み立てる人だ」
その言葉は、甘くない。
評価として、正確だ。
レティシアの胸が、わずかに高鳴る。
*
「単刀直入に言います」
カイルは、机上の資料を閉じた。
「我が国では、来年、大規模な制度再編があります」
隣国アルディナは、近年急速に発展している。
「あなたに、顧問として関わっていただきたい」
沈黙。
正式な招聘だ。
「常駐ではありません。
定期的な往来で構いません」
「……なぜ、私に」
「視座があるからです」
迷いなく答える。
「あなたは、“誰かの下で優秀”なのではない」
一拍。
「あなた自身が、設計者です」
その言葉は、強く胸を打った。
王城では、
第一王子の補佐。
今は、
第二王子の補佐。
どちらも、間違いではない。
だが――。
「私は」
小さく呟く。
「今の立場を、選びました」
「知っています」
カイルは頷く。
「それでも、選択肢は持つべきだ」
柔らかいが、揺るがない声。
「あなたは、もっと高い場所に立てる」
揺らぎが、胸に広がる。
*
夕方。
中庭で一人、空を見上げる。
高い場所。
広い世界。
国境を越える設計。
それは、恐れではない。
わくわくする。
「……どうして」
楽しいと感じてしまうのだろう。
ここにいる選択は、
間違いではない。
だが、
それが“唯一”ではないと示された。
*
背後に気配。
「揺れているな」
アレクシスだった。
レティシアは振り返る。
「……はい」
否定しない。
「彼の言葉は、正しいです」
「そうだな」
あっさりと認める。
「あなたは、国を越えて働ける人間だ」
胸が締めつけられる。
どうして、否定しないの。
どうして、引き止めないの。
心の奥で、感情がざわつく。
「殿下は」
問いかける。
「私が行くと言ったら、どうしますか」
静寂。
風が葉を揺らす音だけが聞こえる。
「見送る」
短く。
それ以上でも以下でもない。
胸が、痛む。
引き止めてほしいわけではない。
けれど。
ほんの少しだけ、
迷わせてほしかった。
「必要だ」と言ってほしかった。
レティシアは視線を落とす。
「……そうですか」
「だが」
その続きに、顔を上げる。
「君がどこに立とうと、
私の評価は変わらない」
それは、肯定。
だが、所有ではない。
縛らない愛情。
それが、逆に苦しい。
*
夜。
自室で、レティシアは机に向かう。
世界は、広い。
自分の可能性も、広い。
それでも。
「……ここを離れる想像は、できる」
けれど。
「離れた未来は、想像できない」
高い場所に立つ自分の姿は浮かぶ。
だが。
その隣に彼がいない未来が、
うまく描けない。
揺さぶられたのは、能力ではない。
感情だった。
選択肢は増えた。
だが、答えはまだ出ない。
ただ一つ、確かなのは。
“もっと高い場所”よりも、
“隣にいたい場所”の方が、
今の彼女には重いということだった。
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