第35話 選ぶ側になる
返事の期限は、三日後だった。
第三研究院からの打診は、急かすものではない。
だが、曖昧に先延ばしにすることもできない。
レティシアは、書類を閉じた。
――選ぶ。
その言葉が、胸の中で静かに響く。
*
午前中、執務室でロイドと向き合う。
「結論は、急がなくていい」
彼は、そう前置きした。
「ですが、
どちらを選んでも、
あなたの価値が下がることはありません」
「……ありがとうございます」
それは、
慰めでも、誘導でもない。
選択権が、完全に彼女にあることを、
当然の前提として扱われている。
その事実が、
今の彼女には、何よりも大きかった。
*
昼過ぎ。
アレクシスの執務室に呼ばれる。
用件は、別件だった。
研究院の話ではない。
短い打ち合わせを終え、
立ち去ろうとしたとき、
レティシアは足を止めた。
「……殿下」
「何だ」
「先日の話ですが」
視線を上げる。
「離れる選択をしても、
引き止めないと、仰いましたね」
「ああ」
即答だった。
レティシアは、息を吸う。
「……それでも」
言葉が、はっきりと続いた。
「私は、ここにいたいです」
室内が、静まり返る。
アレクシスは、驚いた様子を見せなかった。
ただ、少しだけ、目を細める。
「理由は」
問いは、簡潔だった。
「理由は……」
一瞬、言葉に詰まる。
仕事。
環境。
信頼。
どれも嘘ではない。
だが、それだけでは足りない。
「……ここでは」
ゆっくりと、言葉を選ぶ。
「役割がなくても、
私でいられます」
それは、
これまでの物語の答えだった。
アレクシスは、数秒沈黙した後、
静かに頷く。
「分かった」
それだけ。
引き止めもしない。
理由を深掘りもしない。
だが。
「選んだ以上、
君の居場所は、ここだ」
その言葉は、
許可ではなく、確認だった。
*
夕方。
レティシアは、第三研究院への返書を書いていた。
丁寧な辞退。
感謝と、明確な意思表示。
ペンを置いた瞬間、
胸の奥に、不思議な静けさが広がる。
後悔は、ない。
不安も、ない。
自分で選んだ、という実感だけがある。
*
夜。
中庭を歩きながら、
レティシアは空を見上げた。
選ばれる側だった自分。
必要とされることでしか、
居場所を持てなかった自分。
もう、違う。
「……私は」
小さく、呟く。
「私の意思で、
ここにいる」
それは、
恋の告白ではない。
だが、
誰かのそばにいることを、
自分で選んだ、最初の瞬間だった。
溺愛は、
守られることから始まり、
やがて、選び合う関係へと変わっていく。
物語は、
次の段階――
感情の自覚へと、
静かに足を踏み入れていた。
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