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婚約破棄された悪役令嬢ですが、国が回らなくなったので第二王子に引き取られました  作者: 朝霧セシル


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30/40

第30話 ここにいる理由

 その日は、特別な予定のない朝だった。


 急ぎの報告も、緊急の会議もない。

 館の中は、いつも通り静かで、整っている。


 レティシアは、執務机の前に座りながら、

 ふと手を止めた。


 ――最近、

 「なぜここにいるのか」を

 考えなくなっている。


 それに気づいて、

 自分でも少し驚いた。


 *


 午前中、ロイドとの軽い確認が終わる。


「以上です」


「……これで、終わり?」


「はい」


 ロイドは、いつも通り淡々としている。


「午後は、特にやることはありません」


「……そう」


 返事をしながら、

 胸の奥がざわつかないことに気づく。


 以前なら、

 “仕事がない”こと自体が不安だった。


 何かを探さなければ。

 役に立たなければ。

 証明しなければ。


 今は、違う。


 *


 昼過ぎ、中庭でアレクシスとすれ違う。


「今日は、静かだな」


「ええ」


 それだけの会話。


 だが、

 その距離感が、自然だった。


「……殿下」


 レティシアは、思い切って口を開く。


「もし、

 私が何もできなくなったら……」


 言葉が、少し詰まる。


「それでも、

 ここにいていいのでしょうか」


 アレクシスは、足を止めた。


 少しだけ考えるような沈黙。


 そして。


「できなくなる、という仮定が分からない」


 静かに言う。


「だが」


 一拍置いて続ける。


「仮に、

 君が何もしなくなったとしても」


 視線を逸らさずに言った。


「ここにいる理由は、

 なくならない」


 それは、

 慰めでも、約束でもない。


 事実を述べるような声だった。


 レティシアは、胸の奥がじん、と温かくなるのを感じる。


 *


 夕方。


 一人で執務室に戻り、椅子に座る。


 机の上には、何もない。


 それでも、

 ここにいていいと、

 誰もが前提として扱っている。


「……私は」


 小さく、呟く。


「必要だから、ここにいるんじゃない」


 言葉が、自然に続いた。


「ここにいていいと言われたから、

 ここにいるんだ」


 胸の奥で、

 何かが、すとんと落ちる。


 役に立つから価値がある。

 それは、過去の自分の世界だ。


 今は。


 選ばれているから、ここにいる。


 それだけで、

 十分なのだと。


 *


 夜。


 エマが、静かにお茶を置く。


「今日は、穏やかな一日でしたね」


「……ええ」


 レティシアは、微笑んだ。


「良い日でした」


 それは、

 成果のある日でも、

 劇的な日でもない。


 ただ、

 “ここにいる”ことを

 肯定できた日だった。


 王城を離れてから、

 初めて。


 レティシアは、

 自分の存在を、

 何かの役割ではなく、

 一人の人として受け取れた。


 ここにいる理由は、

 もう、探さなくていい。


 それは、

 第2部の終わりであり、

 次の物語の始まりだった。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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