第29話 それでも、戻らない
王城の空気は、日に日に重くなっていた。
報告書は山積みになり、
会議は長引き、
決定は先延ばしにされる。
誰もが忙しく、
誰もが疲れている。
それでも――
流れは、良くならなかった。
*
「……第二王子殿下を通さずに、
直接会えないのか」
第一王子エドワードは、低い声で言った。
宰相は、首を横に振る。
「無理でしょう」
「彼女は、
今も王城の一員だ」
「いいえ」
宰相は、静かに否定する。
「彼女は、
“王城を離れた”のです」
その言葉は、
書類のどの数字よりも重かった。
*
数日後。
王城から、個人的な書状が届いた。
差出人は、リリアだった。
エマが、封を差し出す。
「……どうされますか」
レティシアは、一瞬だけ迷った後、
受け取った。
中の文字は、丁寧で、柔らかい。
――あなたがいなくなって、
初めて気づいたことがあります。
私は、あなたの代わりにはなれませんでした。
――助けてほしい、
とは書けません。
でも、
あなたがいた場所が、
どれほど大きかったかを、
今なら分かります。
最後まで、
謝罪も、要求もなかった。
ただ、
理解に辿り着いたという報告だけ。
レティシアは、しばらくその手紙を見つめていた。
胸の奥が、少しだけ疼く。
けれど。
「……返事は、不要ですね」
そう言って、手紙を机に置く。
エマは、何も言わなかった。
*
午後。
アレクシスの執務室で、簡単な打ち合わせが行われる。
「王城側が、
再編案を出してきた」
「……私を前提に?」
「いいや」
首を振る。
「“いない前提”だ」
その言葉に、
レティシアは小さく息を吐いた。
「ようやく、ですね」
「ああ」
短く応じる。
「だが、
今さらだ」
レティシアは、頷いた。
再編が進めば、
いずれ王城は安定するだろう。
それは、
悪いことではない。
だが。
「……それでも」
口を開く。
「私は、戻りません」
アレクシスは、
それを確認するように、一度だけ頷いた。
「承知している」
*
夜。
レティシアは、部屋の灯りを落とし、窓辺に立っていた。
遠くに、王城の灯が見える。
かつて、自分の世界だった場所。
「……戻らない」
その言葉は、
もはや自分に言い聞かせるためのものではなかった。
迷いは、ない。
悔いも、ない。
必要とされた過去を、
否定するつもりもない。
ただ。
そこに戻らないという選択が、
今の自分を守っている。
それで、十分だった。
王城は、
ゆっくりと立て直されていく。
だが、レティシアの物語は、
もう、
そこには存在しない。
それでも、戻らない。
それが、
彼女自身の答えだった。
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