第27話 手放された場所
王城の朝は、相変わらず慌ただしかった。
だが、その慌ただしさは、以前とは質が違う。
焦りが、はっきりと混じっている。
「……この修正、誰が確認した?」
「前回の会議で決まったはずです」
「決めただけで、通していないだろう」
執務室の一角で、文官たちが声を潜めて言い争っていた。
誰かが全体を見て、
“止めるべきところ”で止める。
それが、もうない。
*
第一王子エドワードは、机に広げられた報告書を睨んでいた。
「……また、数値が合わない」
以前なら、
この段階で違和感は消えていた。
だが今は、
違和感がそのまま残る。
「臨時委員会は、何をしている」
「意見がまとまっておりません」
側近の声も、歯切れが悪い。
「皆、それぞれ正しいことを言っています。
ただ……」
「ただ?」
「……誰も、最終的に責任を取ろうとしません」
エドワードは、言葉を失った。
責任を取る。
それは、
いつの間にか、
“誰かが黙って引き受けてくれていた”ものだった。
*
同じ頃。
第二王子の館では、静かな朝が流れていた。
レティシアは、窓際で書類をめくっている。
急ぎではない確認作業。
その様子を、ロイドが遠巻きに見ていた。
「……不思議ですね」
「何が?」
「王城の頃より、
あなたが落ち着いている」
レティシアは、一瞬考えてから答える。
「……求められていないから、かもしれません」
「え?」
「以前は、
“必要だからここにいろ”と言われていました」
ページを閉じる。
「今は、
“ここにいていい”と言われている」
その違いを、
自分でも驚くほど、
はっきりと感じていた。
ロイドは、言葉を探すように一拍置いた。
「……手放されたんですね」
ぽつりと、そう言う。
「え?」
「王城に」
レティシアは、しばらく黙っていた。
そして、静かに頷く。
「はい」
否定でも、後悔でもない。
「ようやく、手放されました」
*
午後。
王城から、また一通の報告が届いた。
形式上は、
“状況共有”。
だが、内容は切迫していた。
「……対応が追いついていない」
ロイドが、短くまとめる。
「彼らは、
“あなたが戻らない理由”を、
まだ理解していません」
レティシアは、文書を閉じた。
「理解しなくていいんです」
そう言って、微かに息を吐く。
「理解してもらうために、
戻るつもりはありませんから」
その言葉は、
強がりではなかった。
決意とも、少し違う。
ただの、
“今の自分の位置”の確認だった。
*
夕方。
アレクシスが、執務室に顔を出す。
「王城からの連絡は、私が止めている」
「……ありがとうございます」
「感謝は要らない」
淡々と。
「手放した側が、
未練を断ち切れないだけだ」
レティシアは、その言葉を噛みしめる。
自分は、
“捨てられた”のではなかった。
“使えなくなったから切られた”のでもない。
王城は、
自分を手放す選択をした。
そして今、
その選択の重さに、
ようやく気づき始めている。
*
夜。
レティシアは、自室の灯りを落とし、椅子に座っていた。
心は、驚くほど静かだった。
「……もう、戻らなくていい」
誰に言うでもなく、呟く。
過去の場所は、
もう、自分の居場所ではない。
それを、
初めて“喪失”ではなく
“解放”として受け取れた。
王城は、
彼女を失った。
だが、レティシアは――
ようやく、自分自身を取り戻し始めていた。
それは、
静かで、確かな逆転だった。
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