第26話 それは庇護だと告げる
王城からの使者が現れたのは、昼下がりだった。
第二王子の館に直接。
しかも、正式な徽章をつけて。
「……来ましたか」
エマが低く呟く。
応接室に通された使者は、硬い表情で頭を下げた。
「第二王子殿下に、お目通りを」
用件は、聞かずとも分かる。
*
アレクシスは、使者の前に立つと、椅子を勧めなかった。
「要件を」
短い言葉。
「王城は、現状を重く見ています」
使者は、事前に用意した文言をなぞるように話す。
「つきましては、
レティシア・フォン・アルヴァレス殿に、
改めて協力をお願いしたく――」
「断ったはずだ」
遮る声は、低く、揺るがない。
「ですが、今回は“国のため”という――」
「同じだ」
再び、遮る。
「彼女の判断は変わらない」
使者は、一瞬だけ言葉に詰まった。
「……殿下」
慎重に、言葉を選ぶ。
「彼女が応じなければ、
王城としても、
取らざるを得ない措置が……」
その瞬間。
アレクシスの空気が、変わった。
「それは、脅しだな」
静かな声だった。
だが、室内の温度が下がったように感じられる。
「理解していますか」
一歩、前に出る。
「今、あなたが口にしたのは、
王家の一員に対する圧力だ」
使者の顔色が、変わる。
「彼女は、
もはや第一王子の婚約者でも、
王城の下位構成員でもない」
淡々と、事実を積み上げる。
「私の直属補佐官だ」
はっきりと、告げる。
「つまり――」
視線を、まっすぐに向ける。
「彼女に向けられた圧は、
そのまま、私への圧と見なす」
沈黙。
使者は、完全に言葉を失っていた。
*
その様子を、少し離れた場所からレティシアは見ていた。
聞くつもりはなかった。
だが、声は届いてしまう。
――私への圧は、私への圧だと。
違う。
彼は、
“自分への圧”だと言った。
胸の奥が、静かにざわめく。
*
「……失礼いたしました」
使者は、深く頭を下げ、退室した。
扉が閉まる。
室内に残ったのは、アレクシスとレティシアだけだった。
「……申し訳ありません」
思わず、そう言ってしまう。
「私のことで……」
「違う」
即座に、否定される。
「君の問題ではない」
はっきりと。
「境界を越えようとしたから、
線を引いただけだ」
それは、感情ではなく、判断。
だが。
「……殿下」
レティシアは、視線を上げる。
「そこまで、していただく必要は……」
「ある」
短く、断言する。
「君は、
自分がどれほど軽く扱われてきたか、
まだ正しく理解していない」
言葉は、厳しい。
だが、責めてはいない。
「君が断ったのは、正しい」
一歩、距離を保ったまま続ける。
「だが、
断った者が不利益を被る世界は、
間違っている」
その言葉が。
胸の奥に、
深く、深く、落ちていく。
「……これは」
アレクシスは、視線を逸らさずに言った。
「溺愛でも、同情でもない」
一拍。
「庇護だ」
はっきりと。
レティシアは、言葉を失った。
庇護。
守られることを、
前提にされる立場。
それは、
今まで一度も、
彼女に与えられなかったものだった。
*
しばらくして、レティシアは小さく息を吸った。
「……ありがとうございます」
それだけ言うのが、精一杯だった。
アレクシスは、短く頷く。
「慣れろ」
それだけ言って、踵を返す。
だが、扉を出る前に、足を止めた。
「一つだけ」
振り返らずに言う。
「君がここにいる理由を、
誰かに証明する必要はない」
その言葉は、
宣言だった。
レティシアは、しばらくその場に立ち尽くしていた。
胸の奥が、じん、と熱い。
庇護されるということは、
縛られることではない。
責任を奪われることでもない。
――一人で戦わなくていい、ということ。
それを、
ようやく、理解し始めていた。
物語は、
確実に、次の段階へ進んでいる。
もう、後戻りはしない。
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