第24話 呼び戻す声
翌朝、館の空気はいつもと変わらなかった。
穏やかで、静かで、
誰かを急かす気配のない朝。
それでも、レティシアは早く目を覚ました。
昨夜の会話が、胸の奥に残っていたからだ。
――役に立たなくても、ここにいていい。
言葉としては、まだ完全に飲み込めていない。
けれど、少なくとも、問い続けなくていい場所にいる。
その事実は、確かだった。
*
午前中。
執務室でロイドと軽い確認をしていた時だった。
控えめなノックの後、エマが入ってくる。
「殿下から、至急とのことです」
その声音が、わずかに硬い。
アレクシスの執務室に通されると、
そこには一通の正式文書が置かれていた。
王城の紋章入り。
差出人は、宰相府。
「……来たか」
アレクシスが、短く呟く。
文書の内容は、簡潔だった。
――王城機構の混乱に伴い、
過去の調整体制に精通した人物の協力を要請する。
対象者:レティシア・フォン・アルヴァレス。
名指しだった。
レティシアは、文書を見つめたまま、何も言わない。
胸の奥に、冷たい感覚が広がる。
怒りでも、喜びでもない。
ただ、
“予想していた未来”が来た、という実感。
「……王城に戻れ、と」
静かに言う。
「正確には、
“協力してほしい”だ」
アレクシスは、淡々と訂正する。
「立場は違う。
だが、本質は同じだ」
ロイドが、低く息を吐いた。
「今の体制では、立て直せない。
だから、頼ってきたんでしょう」
それは、事実だった。
*
「……どうする?」
アレクシスは、レティシアを見た。
命令ではない。
誘導でもない。
選択肢として、差し出されている。
レティシアは、しばらく黙っていた。
王城に戻れば、
きっと、また同じことが起きる。
責任を背負わされ、
曖昧な立場のまま、
“都合のいい調整役”として使われる。
それが、容易に想像できた。
同時に――
戻れば、混乱は収まるだろう。
自分なら、できる。
その自信も、確かにあった。
「……私は」
言葉を選びながら、口を開く。
「協力すれば、
問題は解決します」
ロイドが、黙って頷く。
「ですが」
そこで、はっきりと続けた。
「それは、
今の体制を延命させるだけです」
アレクシスの目が、わずかに細くなる。
「彼らは、
“なぜ崩れたのか”を直そうとしていません」
レティシアの声は、静かだった。
「ただ、
“私がいなくなったから”
困っているだけです」
その言葉は、
自分のためではなく、
状況を正しく見るためのものだった。
*
「……行きません」
結論は、短かった。
ロイドが、少し驚いたように目を見開く。
だが、すぐに理解したように息を吐いた。
「合理的ですね」
それだけ言う。
アレクシスは、何も言わずに、
文書を机の上に伏せた。
「理由は、それで十分だ」
そして、はっきりと言う。
「君は、
過去の失敗を補うための道具ではない」
その言葉が、
胸の奥に、深く落ちた。
レティシアは、ゆっくりと頷く。
初めてだった。
“できる”のに、
“やらない”と選んだのは。
それは、逃げではない。
意地でもない。
自分の立場と価値を、
自分で守る選択だった。
*
王城へ向けて、
断りの返書が準備される。
丁寧で、冷静で、
しかし、明確な拒否。
その文面を確認しながら、
レティシアは思った。
――私は、もう戻らない。
少なくとも、
“あの形”では。
外では、風が静かに吹いている。
穏やかなこの場所で、
彼女は初めて、
自分の足で立っている実感を得ていた。
そして同時に。
この拒絶が、
王城側にとって
決定的な引き金になることも、
まだ知らなかった。
物語は、
次の局面へと進もうとしている。
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