第20話 それは、あなたの仕事ではない
その日の午後、館に一通の急報が届いた。
地方北部の魔法炉で、想定外の出力低下が起きているという。
致命的ではないが、対応が遅れれば、周辺都市に影響が出る。
「……原因は複合的ですね」
ロイドが報告書を読みながら言う。
「老朽化と、季節的な負荷が重なっています」
アレクシスは、静かに頷いた。
「現地への追加指示は?」
「出しています。
ただ、調整が少し厄介で……」
そこで、ロイドの視線が、無意識にレティシアへ向いた。
その仕草に、レティシアはすぐ気づく。
――行かなければ。
そう思った瞬間には、もう口を開いていた。
「私が――」
「ダメだ」
低い声が、即座に遮った。
アレクシスだった。
「殿下……」
「それは、君の仕事ではない」
はっきりとした否定。
だが、冷たさはない。
「ですが、私なら――」
「“できる”かどうかの話ではない」
アレクシスは、視線を逸らさずに言った。
「君は、今ここで全体を見る役だ。
現地対応は、現地の人間がやる」
正論だった。
だが、レティシアの胸はざわつく。
「でも、判断が遅れれば……」
「遅れないように、
指示を出すのが君の役割だ」
ロイドが、そっと補足する。
「現地に行く必要はありません。
こちらで、調整案をまとめましょう」
その言葉に、レティシアは言葉を失った。
止められている。
けれど、否定されているわけではない。
「……承知しました」
少し遅れて、そう答えた。
それは、
初めて“自分で引き下がる”選択だった。
*
執務室に戻り、三人で対応を進める。
レティシアが全体の流れを整理し、
ロイドが具体的な数値に落とし込み、
アレクシスが最終判断を下す。
仕事は、滞りなく進んだ。
「……これで、現地は持ちます」
ロイドが言う。
「ええ」
レティシアも頷いた。
自分が行かなくても、
問題は解決している。
その事実が、
胸の奥に、奇妙な安堵をもたらした。
*
夕方。
レティシアは、執務室を出て、廊下で足を止めた。
これまでなら、
現地に行けなかったことを悔やんでいただろう。
だが、今は違う。
「……回っている」
自分が前に出なくても、
仕事は、きちんと回っている。
そこに、自分の価値がなくなるわけではない。
その感覚が、
まだ慣れない。
だが――。
「無理をしない、というのは」
小さく呟く。
「こんなにも、落ち着かないものなのね」
その背後で、足音がした。
「慣れればいい」
アレクシスだった。
「慣れますか?」
「慣れる」
短く、断言する。
「君がいなくても回る場所と、
君がいるから回る場所は、違う」
その言葉は、
仕事の話であり、
同時に、それ以上の意味を含んでいた。
レティシアは、ゆっくりと頷く。
今日、彼女は初めて――
“背負わなかった”。
それは、
弱さではなく。
ここで生きていくために必要な、
大きな一歩だった。
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