第18話 当たり前に扱われるということ
第二王子の館に、外部からの使節が訪れたのは昼過ぎだった。
隣国アルセイン王国の商務使節団。
魔力資源と物流に関する定期協議――形式としては、よくある会合だ。
応接室に通された使節団の代表は、壮年の男だった。
落ち着いた所作で周囲を見渡し、すぐに本題に入る。
「では、今回の調整案について確認を」
そう言って差し出された資料を、ロイドが受け取る。
だが。
「……失礼」
代表は、わずかに眉をひそめた。
「こちらの調整責任者は、どなたでしょうか」
ロイドが答えるより先に、アレクシスが口を開く。
「こちらだ」
そう言って、視線を向ける。
レティシアだった。
一瞬、室内の空気が止まる。
だが、代表はすぐに立ち上がった。
「なるほど」
そう言って、深く一礼する。
「お噂はかねがね。
ようやく直接お会いできました」
「……え?」
思わず、声が漏れた。
ロイドが、小さく目を見開く。
アレクシスは、表情を変えない。
「レティシア・フォン・アルヴァレス様ですね」
代表は、当然のように名を呼んだ。
「数年前、貴国の魔力供給が急激に安定した時期がありました。
我が国では、その調整を行った人物がいると分析していましたが……」
そこで、にやりと笑う。
「やはり、あなたでしたか」
レティシアは、言葉を失った。
「失礼ですが、
今回の配分、この一点を修正していただけますか」
資料の一箇所を、迷いなく指す。
「こちらのままでは、三年後に歪みが出る」
――見えている。
この人は、ちゃんと。
「……ご指摘の通りです」
自然に、そう答えていた。
「こちらは、短期安定を優先した数値です。
長期を取るなら、再配分が必要になります」
「ええ」
代表は、満足そうに頷いた。
「では、その案で進めましょう」
即決だった。
誰の許可も求めない。
疑いも、確認もない。
それが、あまりにも自然で。
会合は、そのまま滞りなく進んだ。
*
使節団が去った後、
応接室には静けさが戻る。
「……今の」
レティシアは、ようやく言葉を探した。
「私が、責任者として扱われていましたよね」
ロイドは、不思議そうな顔をする。
「そうですが」
アレクシスも、淡々と続ける。
「君が担当だ。
それ以上の理由はない」
それだけだった。
特別扱いでも、持ち上げでもない。
ただ、役割に応じた扱い。
「……王城では」
思わず、言葉が漏れた。
「私が話す前に、
“殿下のご意向は”と聞かれていました」
ロイドは、一瞬だけ考え込み、
やがて静かに言う。
「それは、変だな」
否定でも、慰めでもない。
ただの、事実認識だった。
その一言が、
胸の奥に、静かに刺さる。
*
夕方。
執務室に戻ったレティシアは、
一人で机に向かっていた。
書類は、問題なく片付いている。
仕事は、回っている。
それなのに。
「……私は」
小さく、呟く。
「普通に、仕事をしていただけなのね」
有能だからでも、
特別だからでもない。
ただ、
やるべきことを、
やるべき形でやっていただけ。
それが、
ここでは“当たり前”として扱われる。
王城では、
それが“出過ぎた真似”だった。
その差に、
ようやく、はっきりと気づいてしまった。
扉が、軽くノックされる。
「レティシア様」
エマだった。
「お茶をお持ちしました。
……少し、疲れていらっしゃいますか?」
「……ええ、少し」
正直な答えだった。
エマは、何も言わずにカップを置く。
「無理に頑張らなくていい場所、ですよ」
それだけ言って、部屋を出ていった。
レティシアは、湯気の立つカップを見つめる。
胸の奥で、
何かが、静かに崩れていくのを感じていた。
――私は、
“間違った場所”で、
正しく振る舞おうとしていただけなのかもしれない。
その気づきは、
これまでで一番、
静かで、
そして大きな衝撃だった。
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