第13話 正式な通告
その日は、朝から不思議と静かだった。
城内に流れる空気が、張りつめる一歩手前で止まっている。
レティシアは、いつもより早く目を覚ました。
眠れなかったわけではない。
ただ、もう“慣れてしまった”だけだ。
身支度を整え、部屋を見回す。
荷物はほとんどない。
ここが自分の居場所でなくなることを、体は先に理解している。
*
午前の鐘が鳴る頃、使者が訪れた。
「第一王子殿下より、お呼びです」
「……承知しました」
声は、落ち着いていた。
廊下を歩く間、周囲の視線を感じる。
同情。好奇。距離。
誰も、声はかけない。
執務室の扉が開く。
中には、エドワードと宰相補佐、そしてリリアがいた。
全員が揃っていることが、
この場の性質を物語っている。
「レティシア」
エドワードが、名を呼んだ。
「単刀直入に言う」
一拍。
「我々は、婚約を解消する」
それは、予告通りの言葉だった。
「理由は」
続く言葉を、レティシアは静かに待つ。
「価値観の不一致。
そして、今後の王妃像を考えた結果だ」
感情を排した、公式的な説明。
リリアは、少し俯いている。
「……承知しました」
それだけだった。
誰も、言葉を失った。
「異議は、ないのか」
エドワードが、わずかに戸惑いを含んで問う。
「ありません」
即答だった。
「私は、殿下のお考えを尊重します」
それは、最後まで彼を否定しない態度だった。
宰相補佐が、思わず口を開きかけ――
だが、何も言わなかった。
「手続きは、後日改めて進める」
「はい」
レティシアは一礼し、踵を返す。
呼び止められることは、なかった。
*
執務室を出た瞬間、
胸の奥が、少しだけ軽くなる。
「……終わったのね」
それは、悲しみではない。
解放に近い感覚だった。
その背後で。
「……本当に、それでいいの?」
小さな声がした。
振り返ると、リリアが立っていた。
迷いと、不安を抱えた顔。
「あなたは、何も言わなかった」
責めるようでもあり、
縋るようでもある声。
「悔しくないの?」
レティシアは、しばらく彼女を見つめた。
そして、穏やかに答える。
「悔しがる必要が、ありませんから」
「……どうして?」
「選ばれなかったのではなく、
選ばれる場所が違っただけです」
それは、嘘ではない。
ただし、まだ“強がり”に近い。
リリアは、何も言えなくなった。
*
その日の夕刻。
城内では、婚約解消の噂が
ほぼ事実として広まり始めていた。
一方で。
各部署では、静かな混乱が続いている。
「この判断、誰が最終確認した?」
「……誰も」
「では、なぜ通した」
「前例通りだ」
だが、前例はもう機能していない。
宰相は、机に広げられた覚書を見つめていた。
――レティシア・フォン・アルヴァレス。
彼女が残したものの価値が、
ようやく、現実として突きつけられ始めている。
「……遅すぎたな」
呟きは、誰にも届かない。
*
夜。
レティシアは、城を出る準備を終え、
部屋の灯りを落とした。
振り返らない。
振り返る理由は、もうない。
ただ一つ。
廊下の奥で、
誰かが待っていることを、
彼女は、まだ知らない。
断罪は、
これから“公の場”で行われる。
そして――
その先に待つ逆転も。
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