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紫水晶と星の花  作者: 星見七つ
幕間

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51/75

『師団長について③』



 それは、そう思っていた矢先の出来事だった。


 ユーリスと王宮から第一師団に与えられた訓練場に向かっていた時のことだ。


突然殺気を感じ後ろを振り返ると、迫り来る無数の光の矢が目に飛び込んで来る。


「…っ」


 咄嗟に障壁の呪文を唱え始めるが間に合うか…と思った時、急に全ての矢が消える。

隣を見るとユーリスが何かを掴むように顔の横で片手を握っていた。


 消したのか…?


 動揺を抑えつつ周囲を警戒すると、植木の陰からガサリと僅かに音がして何者かが走り…出せていない。


足が地面から動かないようで、木の陰から出てすぐの場所で転がっていた。

我々から丸見えの状況に気が付いたのか、焦ってジタバタと暴れ出す。


「キミ、チェニス伯爵家のウィリーだよね。違う?」


 ユーリスが問いかけると、ウィリーと呼ばれた者がもがくのを止めビシッと固まる。


だが、返事は無い。

恐怖で言葉を紡ぐことができないのか、それともだんまりのままシラを切るつもりなのか。


ユーリスはどうするつもりだ?

騎士団にでも引き渡すか?


 自分はどうすべきか思案していると、フワリと風が吹きユーリスが指を斜めに振る。

その瞬間、ウィリーのはためいたローブの下半分が切り飛ばされた。


「次に同じことがあれば、当てる。キミの仲間達にも伝えてあげるといい」


「ヒッ…」


 足を地面に縫い付けていた魔法が解かれたのか、切り取られたローブの切れ端も拾わず一目散に逃げ出していく。


「魔術師団員、全てを把握しているのですか?」


「まさか。貴族家の名前と容姿の特徴は叩きまれていたから、彼の家が特徴的な容姿で助かったよ」


 そう言いながら置いていかれたローブの切れ端の方へ向かっていく。

確かに、あの緑がかった金の髪色は国内では珍しい部類ではあるが。


「おや、もう別の持ち主がいたみたいだ」


 そう呟いたユーリスは既に拾い上げたそれを、わざわざ踏まれぬよう近くの花壇の上に置く。


 何を言っているんだ?と思い、自らも近づきローブの切れ端を見ると小さな蟻が乗っていた。


「さっきの彼がどういう働きをしてくれるか、楽しみだね」


 ユーリスは和かに笑い、何事も無かったかのように訓練場へ向かって行く。



 …ああ、そうか。


妙にストンと落ちて納得する。


 ユーリスにとって、私も、先程の者も、あの時の少年も、この地を這う蟻も…そう変わらないのではないだろうか。


王宮内に満ちる、あの暴言を吐き不満を述べる声さえもユーリスにとっては羽虫の羽音に過ぎない。


彼は絶対的強者なのだ。

およそ我々と同じ感覚を有していない。


 その上で、全ての生きとし生けるものを等しく慈愛の目で見ている。

まるで母親に弱い者には優しくしなければならない、と教えられたばかりの幼子のように。


 彼は知っているのだ。

我々が如何に脆く矮小な存在であるかを。


彼が少し力を加えれば簡単に潰せてしまうことを、知っている。


 それに、彼は周囲を非常によく見ている。

ユーリスが師団長になってから今まで見ていて気が付いたことだが師団員達の動きはもちろん、人の些細な心の動きまで。


まるで瓶の中の蟻の巣を興味深く観察するように、人々の動きをつぶさに見ている。


 故に…先程のことも蟻に印をつけて巣に帰した、ただそれだけのこと。

餌を持ち帰った先で彼らがどういう行動に出るのかに興味があるのだろう。


 その直後から、ユーリスや第一師団の者に攻撃魔法を放つ者はもちろん現れず、今まで通り囁きにしては大きい陰口は聞こえるもののユーリスを面と向かって罵るものも居なくなった。


 気付かぬ内に、物理的に首を飛ばされていても何ら不思議は無いのだ。


常に詠唱を必要とし、タイムラグが発生する我々魔術師にとって先手を取られるのは致命傷になりうる。


それに、あの正確性と威力。

我々に支給されているローブは、謂わば騎士団の鎧と同じだ。様々な耐性や強度を持つ素材を織り合わせて出来ている。ある程度の攻撃を防ぐことができ、そうそう破けたりほつれたりするものではない。


あの時の男は自らの巣でさぞ恐ろしげに語ったことだろう。


 ユーリスと王宮内を歩く度、あちらこちらから聞こえてくる文言に「バケモノ」が追加されたのは容易に予想できたことだった。


「愚かしいことだ。危険な藪だと思うなら、つつかねば良いだけのことだろうに」


 物思いから戻り、手元の書類を整える。

集中が切れているな。ユーリスが言うように、今日は早めに切り上げた方が良さそうだ。


 我が国の優秀な宰相閣下がユーリスをどうやって引き入れたかは知らないが…我々ができることなぞ、彼が我々と志を共にしていることに、ただ感謝することだけだ。


そう思いながら席を立った。



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