フィリリアの決意
「副師団長の方が良いなら今からでも私から陛下に」
先生がなんでもないことのように淡々と続ける。
まって、待ってほしい。
「い、嫌です!私、殿下から私の魔法の講師も変えてもらうよう頼んでやるって言われて…お断りして!」
先生の口からその言葉が出るのを恐れて避けていたのに。
思わず、殿下を怒らせてしまった決定的な理由を口走る。
じわっと目頭が熱くなる。
ダメだ、泣いたらユーリス先生を困らせてしまう。
「もしかして、それでロジェット殿下のお怒りをかってしまった?」
「…はい」
そう答える間にも、先生と出会ってからの楽しくて穏やかな時間が頭を巡る。
その前の、ただ責任感と使命感に追われるように過ごしていた日々も。
この間のお母様のお話を聞いて気が付いたのだ。
今なら分かる。きっと限界だった。
1人で空回って勝手に潰れそうになっていた。
「そうか、それは予想してなかったな。フィリリアに迷惑をかけてしまったね、ごめん」
その言葉に唐突に突き放されたような、絶望的な気持ちが湧き上がる。
「私、先生の、ユーリス先生の授業が良いです!ユーリス先生じゃないとダメなんです!!」
決死の私の訴えで気押されたように、先生が驚いた顔で固まる。
「…私じゃないとダメなんだ?」
しばしの間を挟んで先生が私を見つめながら不思議そうに呟く。
「ダメです…私、立派に、ロジェット殿下より、魔法を使いこなして見せます!だからもう講師を変わるなんて言わないでください…!」
目の前にあった先生の手をギュッと握る。
きっと今この手を離してしまったら形の無い怖れに追われていた、あの日々に戻ってしまう。
…そんな気がした。
魔法も、今は掴みきれていない心の余裕の作り方のような…そんな何かも、まだ教わりきっていないのだ。
「ありがとう…嬉しいな」
その言葉に知らず知らずのうちに俯いていた顔を上げると、少し照れたような初めて見る表情の先生が目に入る。
「これからも一緒に頑張ろうね」
そう言われ、ほっと胸を撫で下ろす。
「はい!」
元気よく答えると同時に、力が入った手が握ったままになっていた先生の手を思い出させる。
「わぁ!あの…すみません。急に!」
顔が火照るのを感じながら急いで手を離す。
必死だったとはいえ、差し出されてもいない男性の手をいきなり握ってしまうなんて…淑女としては大変いただけない。
「さっきの…まるでプロポーズされてるみたいだったな」
…!??
「そそそ、そんなつもりは!!」
慌てて弁解しようとしたところをユーリス先生の笑い声で遮られる。
「ふふ、あははは。冗談だよ」
「…!?」
既に赤くなっているであろう顔がもっと赤くなるのを感じる。
「もぅ…揶揄わないでください!」
「ごめん、ごめん。あまりにも真剣だったから」
赤くなった頬を手で隠しながら先生を睨んでみるが、あまり効力は無いようで…先生はしばらくの間、笑いを噛み殺していた。
「そういえば、ロジェット殿下がティーカップを投げつけたと仰っていたのですが、怪我とか火傷とかは…」
私の顔の火照りと先生の笑いがおさまったタイミングで少し気になっていたことを聞いてみる。
半年も前の事だし、既に治ってはいるだろうけど…
「あぁ、大丈夫だよ。それならこうやって」
そう言って先生は手を伸ばし池の水を掬ったかと思うと、そのまま思いっきり真上に放つ。
「わ…!?」
跳ね上がった水の粒が、時が止まったかのように空中で静止する。
陽の光を反射してキラキラと輝く様子は、小さなガラス玉のようで、
「綺麗…」
光の加減で虹色にも見えるそれに、見入ってしまいそうになる。
「ふふ、やってみたくなった?」
「!?」
隣から聞こえた声で我にかえると、先生がまるでイタズラに誘うかのように微笑んでいた。
「はい!」
お茶会から引きずっていた重い気分は、いつの間にかどこかに飛んでいってしまっていて、代わりに私の心はワクワクした気持ちで一杯になっていた。
「じゃあ、今日は予定を変更してこれを練習しようか」
そう言って先生がローブに付いた砂埃を払いながら立ち上がる。
「良いんですか?」
「もちろん。楽しんで覚えた方が上達が早いからね。ここはちょっと深いから、場所を変えよう」
私も急いで立ち上がり、庭園の中央へと戻る先生の後を追う。
きっと私の気分転換になるようにと提案してくださったんだろう。
こういった先生のさり気ない気遣いに、この数週間の短い間だけでも、どれほど救われたか知れない。
これから沢山魔法を覚えて勉強して立派な王妃になろう。
ユーリス先生に魔法を教わったからだって胸を張って言えるように。
その後は庭園の中心にある噴水に移動し、ユーリス先生と一緒に、訓練という名の水遊びを授業の時間が終わるまで満喫したのだった。




